Hachi Medida

無価値へのプロジェクションマッピング

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ー 天球観測のはじめかた ー  

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.23は子供と過ごした夏休みのこと。広島の縮景園や子供の写真から考える効率や目標に縛られない自然体の生き方とは。
読了時間:約5分


変わらず育児に追われた毎日を過ごしているが、小学2年生ともなるとちらほら「もう少ししたら遊んでくれなくなるよ」「中学生になると部活と塾が忙しくなるよ」という諸先輩方のことばがまことしやかに聞こえ始めて、「あと何回夏休みを子供と過ごすかな」と急に指折り数えたりしてもの寂しくなる。いままでは仕事を口実にしてきたが、いよいよちゃんと子供と向き合おうかと意気込んだのが今年の夏休みで、学童に極力預けずに、アスレチックで遊びプールを泳ぎ水族館で涼み英語の送り迎えに行き……と体力の限りに一緒に過ごすことをした。

 夏休みも終盤に差し掛かる頃には撮った写真がだいぶ溜まったので振り返ると、どうにも自分の撮る写真より子供の撮るもののほうが面白い。むず痒いぐらい、そのときの感情や情景が引き出されるのだ。ぼくは“きれいな景色”や“みんなで行った場所”というような「思い出に残す」ための写真を撮ってしまいがちなのだが、子供のはピンボケしたり構図がズレてたりと、まるで目的や情報がない。だがそうした写真からは、実に鮮やかな当時の“あわい”が浮かんでくる。キラキラと見開いた眼や木々と土の湿った匂い、じっとりと背中にへばりつく汗ばむTシャツ、眠くて不機嫌そうな顔──おかしな構図をトリガーに引き出された見えたものや感じたことの追憶が、まるでプロジェクションマッピングのように写真に重なって立ち上がり夏休みの郷愁へと誘う。手を伸ばせば触れられず頼りなく透けているが、たしかにそこに見える瑞々しい記憶という景色。

同じ頃合いに、広島城から歩いて10分ほどのところにある縮景園を訪れた。1620年、広島藩初代藩主・浅野長晟[ながあきら]が茶人としても知られる作庭家・上田宗箇[そうこ]に命じてつくらせた大名庭園で、中央の濯纓池をぐるっと囲うように様々な景色が広がっている。1713年に五代藩主の浅野吉長が園内の17箇所に名称を定め、その頃からこの庭園は「縮景園」と呼ばれるようになっていく。1758年には「宝暦の大火災」が起こり園内の多くが焼失したが、京都の庭師・清水七郎右衛門によって大改修がされる。これによりスポットはさらに増え、なんと1804年には名勝34景が選定され名付けられることとなった。

“名勝”とは呼びにくいスポットもこの庭園にはある。1945年8月6日、ヒロシマに落とされた原子爆弾はこの縮景園も焼き払ったが、水を求めた多くの人が濯纓池に集まり亡くなった。その後、池のほとりに慰霊碑が建てられ、ぼくが訪れたときも千羽鶴が置かれていた。また、当時の樹木はほとんど焼失したもののいまも生き残っている被曝樹が3本だけあり、“ピカドン”の方角だけ朽ちながらもその反対側に枝葉を茂らせている幹を見るに、痛ましさとともに生きることの強さが感じられた。

“34ものフォトスポット”と聞くとなんともタイパのよい映え庭園を連想するが、実際に訪れてみると縮景園はまわりをビルに囲まれたひそやかで私的な印象の空間だ。瀬戸内海の島々を思い返す濯纓池の多島美、静岡の茶畑を参考につくられた香菜圃、富士山に見立てられた園内を見渡す丘・迎暉峯[げいきほう]といった名勝は、どれも浅野長晟が参勤交代で江戸に向かう過程で見てきた景色が重ねられている。彼もまたプロジェクションマッピングのように自らの追憶を重ね、縮景園の景色を愛でたのではないだろうか。

生きていること自体に意味はなく、意義や価値をつくりその実存に詰め込んでいくのが成果であり成長であり、事実、それらの多くが世界を前進させている。だがいっぽうで、価値づけとは主体性をその行動主体から第三者へと明け渡す行為だとも思う。仕事がそれであり、育児もまたそれである。主体が移ったからこそ自分を納得させようとやりがいや利他が付帯的に開発され、だからこそ人に喜ばれようと価値の最大化が目指されるし、タイパを意識して効率化が試みられる。

 

それらの意義はおおいに理解するけど、いま考えたいのは、主体が主体のままであり続けること──つまり、実存としての生だ。「誰かや自分のために生きる」と力めば“目標”の魔物に目を眩まされる。夢はタスクという足枷になり、達成は次の目標を生み落とす。ただ自然[じねん]と生きることで、なんの力学にも絡め取られずに上り下りのない自然体の生を味わうことができないだろうか。

 

子どもが無目的に撮った写真と同様に、参勤交代という“他者のための仕事”の合間にたまたま浅野の見た景色は縮景園に実存として残され、ゆたかな追憶をプロジェクションマッピングする。無価値なものにこそ、誰にも明け渡されない、わたしのための何かが宿るのかもしれない。

writer | 

田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程。2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わり、独立。アートの企画・編集・コンサルティングを現在は行う。

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