Hachi Medida

誰が為にタカラジェンヌは歌う

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ー 天球観測のはじめかた ー  

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.24は宝塚を初観賞した時のこと。その特徴的な構成と多声的な芸術から見えてくる時代に合わせたレジリエンスのある枠組みとは。


読了時間:約5分


40年以上生きてきて、ようやく宝塚を鑑賞した。気になりはしながら男性には近寄りがたいという先入観で鑑賞できないできたのだが、たまたま大学院の研究室で企画され、「えいや!」とついに見る機会を得た。鑑賞したのは雪組の「ポーの一族」という作品で、萩尾望都の漫画を原作に、小池修一郎が脚本・演出を手がけたミュージカルだ。初演は花組による2018年だ。(…と書いてはいるが、門外漢すぎて固有名詞がどれもピンときていない)。

人間のエネルギーを糧に永遠に歳を取らないバンパネラ「ポーの一族」の少年エドガーが、妹メリーベルとともに時代を越えて旅を続ける物語で、不老不死であるがゆえに愛する者を失い続ける運命を抱え、人間に近づいては離れながら宿命と孤独の生涯をたゆたう人生譚だ。約3時間もの上演時間を通して情感的な見せ場がこれでもかと続き、緩徐楽章のあるクラシック音楽や“間”のゆたかな伝統芸能に親しんでいると、寿司屋で大トロを食べ続けるような満腹感に浸される。だが言い換えれば、その物語のスピード感やセットと衣装の豪華絢爛さ、感情メーターが振り切れ続けるストーリー展開は、いろはも知らぬぼくをまったく飽きさせず、エンターテインメントとしてのレベルの高さを痛感させた。

アーツマネジメントを学ぶ者として大いに関心を引き寄せられたのは、宝塚の特徴的な枠組みだった。例えば公演の最後に行われる「レビュー」。宝塚では物語の本編が終わったあとにレビューと呼ばれるショーが行われる。先ほどまで出演していた役者たちが見る目麗しい衣装に身を包み(トップスターに至っては孔雀よろしく重さ20kg近い羽根を背負う)大階段を降りては、次々とファンに手を振って現れる。物語のカーテンコールが終わったそのままの流れでレビューは始まるので、(勝手知ったるファンは馴れた様子で拍手をしていたが)夢から覚めたあとにまた夢に迷い込むような感覚で、ぼくはその様子を終始ポカンと眺めていた。

こうした本編とレビューの二本立ては宝塚のプログラム構成のひとつらしいが、表現はもちろんのこと見せようとする対象さえもそれぞれ異なる。本編は宝塚ファンや原作ファンなどが関心を持ち、そのストーリーに没入していく。いっぽうでレビューは華やかなショーを楽しむ観客や贔屓のスターを追う玄人ファンが関心を持ち、視覚的に愛でるものだろう。

素人にとっては宝塚歌劇団が5つの組に分かれていることも不思議に感じられた。「ポーの一族」を上演した雪組に加え、花組・月組・星組・宙組に組織が分かれていて、それぞれにトップスターが所属し上演の傾向も異なる(らしい)。

こうした宝塚の特徴的な枠組みにおいて重要なのは、これらが混ざってひとつになるのではなく違いを保ったまま共存している点だ。5つの組も本編とレビューも、そして鑑賞者も、独立した旋律が同時に奏でられてひとつの曲を構成する対位法のように、多声的に自律しながら併走している(この連載に寄せれば、宝塚の自律と併走は星と星の関係性にも似ていて、“星座的”と言い換えることもできるかもしれない)。

この宝塚の多声性は、継承と経営を持続的にするうえで非常に有効だ。正統に宝塚らしさを維持していくことや革新的でチャレンジングな取り組みを(全体を一度に変えてしまうのではなく)独立した組や演目ごとに行うことで、まわりの反応を見ながら全体最適をとることができる。うまくいけば残し、うまくいかなくても他で支えることが可能なので、「宝塚歌劇団」という全体は維持できる。いま風に言えば、時代に合わせたレジリエンスのある枠組みだ。

最後に、自分の理解を深めるためにAIの力を借りながら他の芸術文化との比較を表にした。宝塚のような多声的な芸術(歌舞伎にも似た要素があるかもしれない)と、守ることによって持続されていくいわば単声的な芸術(例えば能や雅楽)とを比較し、特徴や守るべきシステムをまとめた。これらは完全に二項対立するものではなく程度問題としてグラデーションになっているが、相対化することでそれぞれの特徴が腑に落ちる。

…と、まくし立てたものの、まだ一公演しか鑑賞できていない素人の仮説だ。もう少し他の組やプログラムも見てみたい、というのが等身大の感想だ。この仮説も更新されるかもしれない。もうひとつ今回の鑑賞で大いに驚いたのは女性トイレで、圧倒的に多い女性客が幕間に化粧室に行けるように、この劇場の女性トイレには出口が設けられ、一方通行にすることで回転率を上げている(それでも休憩時間の前半では、待機列は長蛇どころかロビーを埋め尽くす)。他にも、控えめな物販やスターの表情を見逃さないオンライン配信、各タカラジェンヌのファンクラブなど気になっていることは少なくない。これらについては、過酷なチケット争いをくぐり抜けた暁に、もう一度鑑賞したうえでふれたいと思う。

※権利上の理由によりイラストを掲載しています。

writer | 

田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程。2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わり、独立。アートの企画・編集・コンサルティングを現在は行う。

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