Hachi Medida

営みとしての遺作

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ー 天球観測のはじめかた ー  

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.22は父とドライブに出かけ、江之浦測候所に訪れたときのこと。完成とは異なる美を目指す「営みとしての遺作」の意味やあり方とは。
読了時間:約5分


父とドライブに出かけた。父は引退してからスポーツカー(それは父の世代的には憧れの車種なのだと、可愛げに自慢していた)を購入し気ままに運転を楽しんでいるようで、年に1〜2度ぐらいは一緒に出かける。

家から1時間30分ほどの行程を交代で運転しながら、アクセルやハンドルワークのインプレッションにはじまり、最近の株価や体力の衰えについてことばを交わす。その合間に、さもいま思い出したかのようにぼくは免許の返納のことをちらつかせ、父は介護の意向について探りを入れる。

それぞれが大人らしく距離感を探り合うなか、フロントガラスを向きながら徒然を装って話すのはお互いにちょうどよくて、父がお酒を飲まなくなったいま、ドライブはふたりにとって貴重な「何かに向かうためのプロセス」でもある。

結論も特に出さないまま、車は杉本博司が設計した「江之浦測候所」に着いた。箱根山と相模湾に挟まれた約6万平方メートルの旧柑橘畑の丘陵地に、ギャラリー棟、石舞台、光学硝子舞台、茶室、庭園、門といった日本の伝統的様式の建築群と、杉本作品、考古学的な遺物のインスタレーションで構築されているランドアート空間だ。

最後に訪れたのは2018年で約6年ぶりの訪問だったが、2020年に竹林エリアが追加され、そして現在は彼の古美術コレクションを所蔵する美術館がさらに建設中であることを知って驚いた。新しいエリアが次々に増築していることにつけ、傘寿を迎えようとする作家のモチベーションと行動力たるや、恐れ入る。

拡張していく同施設を杉本は遺作としていて、それは最期の作品というよりは、最期まで試行し続けている、「営みとしての遺作」という意味合いが強い(と思っている)。そしてさらに付け加えれば、作家の死後に美しく風化していく姿もまた作品の美しさだと、彼は言及している。

アーティストの死後も制作が引き継がれる作品は、なくはない。有名なところではベートーヴェンの「交響曲第10番」やアントニオ・ガウディの「サグラダ・ファミリア」が挙げられ、これらには構想やスケッチが残っていたために、遺された者たちがそれをよすがに(ベートーヴェンに至ってはスケッチをもとにAIが曲を完成させた、という記事を読んだ)制作を続けることができている。何らかを原因に未完成のままで終わったものの完成を見たい、というのは遺された人の自然な欲求に感じられて、しごく理解しやすい。

完成をしたのちに、風化のプロセスをも作品とする事例もまたある。ロバート・スミッソン《スパイラル・ジェティ》はランドアートの代表作で、玄武岩、泥、塩の結晶を使い、湖岸から反時計回りに渦を巻く全長約460メートルの堤防をユタ州グレートソルト湖に築いている。作家はこの作品のテーマを“エントロピー”としていて、堤防が水位変化や変色、雨風によって少しずつ崩れていく風化のプロセスもまた作品の一部としている。

だが、杉本の「江之浦測候所」はこのどちらとも少し異なる。

計画を遂行し完成を迎えたあとに、塗料が日焼けし木材が朽ちていく様は、完成とはまた異なる美しさを放つ。構想にあたり彼が参考にした桂離宮は1662年頃に完成してから350年以上が経っているが、当時はいまより華やかな装いだったかもしれないし、私たちが鑑賞する現代にはそこに盛者必衰の悟りや侘び寂びの憂いが表れる。

「江之浦測候所」という“現代”の建築もまた、数百年後(杉本は5000年後をその完成のときとしている)にその境地に至ることが見据えられていて、それは《スパイラル・ジェティ》の「風化のプロセスを作品とする」とはまた異なる「完成とは異なる美への歩み」なのだ。

タッチパネルのナビに苦戦したり、国道を時速30km程度で怖々走ったり、年々父の運転は弱々しくなっていく。車内の静粛性は悪くないが、父に話しかける自分の声は会う度に大きくなる。ぼくはそうした一切を、ガムの包み紙を開けて手渡すとか、オチのない他愛ない話を横でしているとか、大したこともせずにただ助手席で見ている。

ドライブは、その過程こそがたのしい。それはきっと多くの人が共感してくれることだろうで、終着点に向かうことが目的になると同時に、終着点に近づいてしまう憂いもまたぼくたちは噛み締める。父の誘うドライブは彼なりの「営みとしての遺作」のようにも感じられ、「じゃあ、また」と手を振りながらぼくは、その解釈にまだ応えをもやもやと抱えている。

writer | 

田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程。2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わり、独立。アートの企画・編集・コンサルティングを現在は行う。

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