
持続的な成長のために企業が社会的責任を果たすことの重要性が増しています。「ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)経営」への関心の高まりも、その現れの一つと言えるでしょう。ですが、この考え方が提唱される以前から社会的活動と経済的活動、それらを両立してきた企業は少なくありません。名称がつく前から連綿と行われ、老舗のように続いているESG。この連載ではそんな「老舗ノESG」を取り上げ、取り組んできた企業の精神性と未来に向けたアクションをご紹介します。
1869年(明治2年)に創業し、2020年まで子ども服専門のスペシャリティストアとして銀座に店を構え、長らく愛されてきた「ギンザのサヱグサ」。
前編では、ファッションを「文化」として提案し、子どもたちを「未来への希望」と捉えて様々な取り組みを続けてきた、株式会社ギンザのサヱグサ(以下、サヱグサ)の越境的な挑戦から生まれた価値創造について、代表取締役社長 三枝 亮氏にお話をお伺いした。
日本が開国した直後の明治2年、築地で唐物屋(輸入雑貨商)として創業し、明治8年に、日本で初めての煉瓦街(現在の銀座3丁目)に移転。それ以来、文化の街「銀座」の発展とともに、洋装の専門店、子ども服専門のスペシャリティストアとして、150年超の歴史を歩んできた。
現在は、100年先を見据えたサステナブル建築で本社ビルを再建。サヱグサは新しいフェーズを迎えている。
子供服時代、サヱグサでは、流行のスタイルに拘るのではなく、「上品・適切・ユーモア」をテーマに、感性が育まれる幼少期の子どもの五感に触れる服作りを大切にしてきたそうだ。そんな中、時代の移り変わりとともに、ある懸念を三枝氏は抱いたという。
「お客様のほとんどが都心にお住まいの方々でした。高層マンションが増え、家の周りにある地面のほとんどはコンクリートで覆われ、公園以外の場所では、豊かな木々や生き物が集まる水場が減っていく。自然の中でしか学べないことや、育まれる感性があるはずなのに、子育てをする環境に自然が足りないのは、かなり深刻な問題なのではと思ったんです。
また核家族化や地域コミュニティの希薄化が進み、子どもが親や教師以外の大人と関わりを持つ機会が極端に減っていること、さらに、習い事や塾など分刻みでスケジュールが埋まっている子どもたちが増え、親子ですら一緒に過ごせる時間が減ってしまっている現状も、子どもの未来を考えたときに気になっていました。」
子どもたちを連れて、自然豊かな環境を訪れて、その中で人生に大切な経験を提供してあげることはできないか。その想いから、子どもたちの未来を育む場所探しが始まることとなる。

2012年からサヱグサでは、子どもたちは「未来の希望」であり「豊かな地球を子どもたちに」という想いで、環境保全や自然教育の施策を店舗で取り組んでいた。そんな中、前述の「子どもたちの未来を育む場所」として、自然体験の開催地を探していた2014年に出会ったのが、長野県最北端に位置する人口約1,650人の長野県栄村にある「小滝」という小さな集落だった。
「小滝」は、日本の原風景という言葉を聞いたときにイメージする姿と、正に一致するような美しい集落だが、2011年3月12日、東日本大震災の翌日に発生した長野県北部地震(震度6強)で壊滅的な被害を受け、復興・復旧活動に取り組んでいる最中だったという。過疎化や高齢化といった課題を抱える中で、新たな取り組みを模索していた小滝と、子どもたちに「本物」の自然に触れてもらうための場を探していたサヱグサ。三枝氏は小滝を訪れたときに、すぐに最適な場所だと判断したという。
そうして、地元の方々に先生になっていただき、本物の自然と里山を体験するキッズキャンプ「グリーンマジック」が開催されていくこととなる。三枝氏は、小滝の人々と親しくなっていく中で、復旧において田畑の継承が課題となっていることを知った。「美しい小滝の景色や、里山文化が未来へと継承されるために、何ができるのか。」その答えの一つが小滝で古くから作られてきた「小滝米」のリブランディングだった。

震災後、小滝では今後どのようにしていくのかを集落全員で話し合っていた。実は300年前、江戸時代の先祖たちが集落を離れ、越後に移り住んでしまったことがある。水源が乏しかったことによる水不足が原因だった。しかし、故郷を捨てきれず、山から水を引き、小滝集落存亡の危機を乗り越えた。その時引いた水路が現在でも使われているものだということが古文書でわかったという。その起源を知ったことで、「改めて田畑を大切にしたい。」という想いが芽生えた。
小滝は次の300年後まで続く里山づくりをしようというビジョンを掲げた。サヱグサが自然・里山体験キャンプの開催地を探していた時は正に、そのために地域の垣根を超えた取り組みに着手し始めた最中であった。小滝が変化を試みていたタイミングでサヱグサとの関わりが生まれたことで、お互いにとっての新たなチャレンジが始まることとなる。
「この場所を未来の子どもたちのために守り続けていきたいというのが、私の最初の想いでした。そのためには地元の経済が循環している必要がある。小滝の方たちが真摯に続けてきた米づくりに付加価値を加えていくこと。それを新しいチャレンジとして、サヱグサもお手伝いさせていただくことになりました。」
当時、小滝の世帯数はわずか13世帯。作付けできる量には限りがあり、ほとんどが地元で消費され、市場にはあまり流通されていなかった。しかし、その品質は高く、魚沼産コシヒカリなどにも引けを取らない、高級米としての十分な資質を兼ね備えていた。
冬は3メートルを超える深雪地域の気候。ケイ酸とミネラルが豊富に含まれた雪解け水によって土壌環境を整えられるだけでなく、有機物が豊富に含まれる黒ぼく土が、広範囲に分布している国内でも希少な土壌だという。小滝米と小滝の土壌の関係性、それはまるで、ワインと、その品質を左右する重要なポイント「テロワール(ブドウ樹をとりまく環境すべて)」と同じだと、三枝氏は感じた。
それがリブランディングのヒントとなり、テロワールを大切にしたワインを味わうのと同じ様に、お米を味わっていただきたいという思いを伝えるため、「ワインボトル」にお米を入れるというアイディアに繋がった。それは結果的に、遮光性に優れ、湿度変化を伝えにくく、空気に触れさせないため米の鮮度を保つ意味でも理にかなった選択となった。感性を大切にし、感度の高い銀座で事業を経営し続けたサヱグサだからこその発想だったと言えるのではないだろうか。
こうして2015年に小滝米は「コタキホワイト」としてリブランディングされ、本格的に発売を開始。サヱグサは子会社として株式会社サヱグサ&グリーンを立ち上げ米卸販売業を始めた。先行発売した1,000本の「コタキホワイト」は1週間で完売。ネットニュースでも取り上げられたという。
「ボトリングは地元の方々が手作業で行うんです。初めて出荷したときに、みんなでトラックを見送った光景は、今も記憶に残っています。あれから10年。大切なのは、これが長く続いていくこと。経営と同じように、中長期目線で取り組んでいくことが重要なのだと、改めて感じています。10年前には戻さないという自負を持って、これからも小滝の方々と手を携えながら取り組み続けます。」

小滝の人々が掲げた『300年後まで続く里山づくり』というビジョン。その強い想いと、銀座の地域活性という課題に対して長期経営を実現してきた老舗企業だからこその視座と計画力が、協業によって生まれた新たな価値を持続可能なものにしたのである。
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