
ミツバチが花々を飛んで、命を繋いでいくように、対談者同士が交わり合い知見や意識を共有し、新たな可能性を模索する対談企画「対談8」。第3回となる今回は、心理学者・臨床心理士の黒川由紀子先生と 医師や作家として活動される稲葉俊郎先生をゲストに迎え、「不健康を内包する健康」をテーマに対談が行われました。
2025年3月13日、メディアの正式なリリースを記念し、「⼼と体・健康と社会 その巡りを考える」をテーマに、トークイベントが開催されました。
特別ゲストにお迎えしたのは、心理学者・臨床心理士の黒川由紀子先生と、医師や作家として活動される稲葉俊郎先生。黒川由紀子先生は8 Hachi Mediaで「Mindfulness Practice 」という連載をご寄稿くださっています。トークイベントでは「不健康を内包する健康」とは何なのか、心と体の関係性についてお二人にお話しいただきました。
後編では心の扱い方や、持続可能な社会に向けて大切にしたい心のあり方、自然が自分たちにもたらしてくれることなどについてお話しいただきました。実践しやすい心の整え方など、実生活に取り入れたいヒントに溢れるお二人のトークをお楽しみください。(前編はこちら)
前編では「病気」や「健康」とは何なのか、その関係性や捉え方から、自分にとっての「健康」や「豊かさ」を考えることの重要性などを取り上げました。そこから話題は「心の扱い方」を知ることの大切さについて。もっと学ぶ機会があっても良いのではないかという問題提起から始まりました。
稲葉
心の扱い方を学校で教わることはあまりないと思うのですが、例えば黒川先生がご専門にされているような心理学を学校で学ぶ機会はあるのでしょうか?
黒川
高校までの授業の中では、ほとんど取り上げられないですね。大学で心理学科に入れば学びますし、一般教養にもありますが必修ではないことが多く、現実的な利益につながる科目を選ぶ方の方が多い気がします。
稲葉
心理学は一般教養としてもっと学んでいいと思いますね。得るものは多いと思います。
黒川
高校に限らず、小学校からとか小さい時から、そういった教育を受けることは大事だと思います。知ることで防げることがありますし。知識というのは馬鹿にならないもので、子どもを守るという意味でも、もう少し取り入れてもいいですよね。
稲葉
私は『ことばのくすり~感性を磨き、不安を和らげる33篇』(大和書房、2023年)という本を執筆しました。それを書いた理由も、わたしたちが無意識に放っている言葉は毒にも薬にもなると思ったからなんです。コロナ禍の中で毒の言葉が氾濫していると危機感を感じました。
私たちは言葉によって、天国にも地獄にも連れていかれます。心理学の基礎知識さえあれば、この言葉は本当に相手の心に必要なのか、立ち止まってしっかり考えることも出来ると思います。結局、相手に放つ毒の言葉は、自分の中にも毒がまわってしまうのですから。人間の心の深さを学び、心に作用する多様なものを学ぶことで、自分の心や他者の心を学ぶことができます。心に作用するものは毒から薬まで色々あると知ることが大事ですよね。

黒川
そうですね。例えば子どもの頃に非常につらい経験をし心に闇を抱えてしまっても、それが自分の力になるように、人の力を借りながらでも変えていけるというポジティブな意見を発信していくことは大切です。
全員が理想的な環境の中で生きている訳ではないので、敗者復活や、挽回がいつでも出来るということや、今からでも遅くないんだという心構えを年齢関係なく持っておくといいですよね。「ことばのくすり」は自分に対しても、人に対しても大事。ただ自己否定が極端になると負のスパイラルに入ってしまうので、それを変えるための心理学的な方法を知ることも必要だと思います。
世の中で関心の高い持続可能な社会やSDGsなどの話題。稲葉先生が所属されている慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)でも関心の高いテーマですが、その議論の中で、気になることがあると話す稲葉先生。それは 8 Hachi Mediaとしても大切にしている考えと通じていることでした。
稲葉
持続可能な社会について世の中も関心が高まっています。そのときに、「このままだと人類が絶滅してしまう」と不安や恐れを誘発する話が多いのですが、本当にそれでいい行動変化が起きるのかと私は疑問です。
人間は、自分が好きなことや愛するもののためなら真剣に命懸けになれます。愛のために行動できると思うのです。地球を愛することが一番大切で、愛しているからこそ守りたい、なんとかしたい。愛の力で動くのか、不安や恐れで動くのか、そこには大きな違いがあります。
それぞれが地球に対して好きなことがあり、そうした個別的に地球を愛することが地球を守ることにつながっていけばいいのだと思います。例えば私は山や温泉が好きです。温泉を守ることが地球を守ることにつながると考えればいいのだと思います。目先の視点だけではなく、遠く遥かな視点を持つこと。それは時間軸でも空間軸でも同じです。一人一人が好きなことを守ることがグローバルな動きになればいいと思いながら、慶應大学でも教員として働いています。現状は不安や恐れで安易に人を動かそうとしているのではないかと感じますね。

黒川
私が仕事で関わらせていただいている年配の方々は、とても素敵な言葉をたくさん持っていらして、私自身その言葉に励まされたり、育てていただいたと思っています。
そのときの出来事なのですが、アルツハイマー型認知症という診断のついた方にコラージュをしていただきました。テーマが山だったのですが、ご本人は一人で山に登るのがお好きな方だったんです。一人では山に登れなくなってしまったので、とても悔しがられていました。
ただ、大根を持った男の人の写真を紙にコラージュしたときに、自分のことをお話しされたんです。農家の次男坊で、子どものころから収穫した大根を市場に運び売っていたそうです。それまで萎縮しながらコラージュ制作をされていたのですが、周りにいらした元先生だった方が「凄いですね。自分は小さい時は親に言われて文机で勉強していただけでした。同じ頃に親の手伝いをして働いていたなんて本当に強い人だ。」とおっしゃられたんです。その言葉を聞いてから、どんどん自信を取り戻されて最後は大自然にある山を描かれました。
そして「神よりの 賜りものぞ 大自然」とお書きになって、自分たちは先祖からこの美しい自然を受け継いだのに、次の世代に引き渡していけるのかということが自分の悩みだとおっしゃったんです。
私は、これはなんて凄い叡智のある言葉なのだろうと思って、今でもそのコラージュを大切に残しています。その言葉をいただいて、自然というのは良いことばかりではありませんが、災害の懸念も含めて、この日本の自然ともっと大切に関わっていきたいなと思ったことを、先生の話を伺って思い出しました。
稲葉
自然はニュートラルで中立であることも、自然の素晴らしい点の一つだと思います。人間には必ず選り好みやえこひいきが生まれますが、自然は誰に対してもニュートラルで中立です。そうした中立な場の存在を体験することが大切だと思います。人間の場の中だけにいると、自分自身も中立性を保てなくなるので、自然の中に入ってニュートラルな状態を体験することで理解できます。
人間社会にだけいると派閥ばかりを気にします。けれども虫でも花でも草でも、自然は中立です。誰の味方でもないし、誰の敵でもありません。誰に対しても優しいし、誰に対しても厳しいのです。中立なものを核にすえる体験が乏しくなると、長いものに巻かれるとか処世術に長けていき、自分の軸を失ってしまうのかなと危惧します。
黒川
自然は思うようにならないから学びが深いですよね。晴れてほしい時にどしゃぶりになったりとか。どんなに科学や技術が発達しても、自然に対して人間は小さいものだと気づかされます。一方で気持ちの良いものでもあって。密封された空間にいた状態から外に出ると、ビルとビルの間のようなところでも、風が吹けば気持ちいいという身体感覚を持つことができる。
都会の真ん中にいても、綺麗だなとか、美しいなとか、そういう気持ちが動くことを見つけられると良いですね。

稲葉
私は3歳頃の時に難病に罹ってしまい、1年ほどほぼ寝たきりだった時期があります。そのときに、ずっと窓から外の景色を眺めていました。ずっと観察しているだけで、室内に自然がないように見えても、屋外に遍在している豊かな空気や水や光の存在に気づくことが出来るんです。気づけるかどうか、発見がそこにあるかどうかが大きな問題だと思います。
2020年に自然豊かな軽井沢に引っ越しましたが、東京都内での暮らしの時にも、子どもはアスファルトの間から咲く花とか、都会の中でも自然を探しているんですよね。どんな環境でも発見する力さえ身につけていれば、自然を介して自分をニュートラルな状態に戻すことができるのかなと思いますね。

寄ってしまった自分をニュートラルな状態に戻すために、自然を感じる、自然に気づく。人は、自然を保護しようとしますが、自然によって人自身が保たれていることもあるのではないでしょうか。日常を豊かにするためのヒントは、自然の中にもありました。
黒川
意外性があるということも自然ならではですね。例えば、私たちが今いる部屋の床のタイルは規則的に並べられていますが、一歩外に出て土の地面を探すと小さな空間に無数の命の輝きがある。意外性や予測できないことに出会うことを楽しむ感覚があると、日常も楽しめると思います。
稲葉
山形ビエンナーレで芸術祭を構想したときに新しい感覚を発見してもらいたいと考え、「食べる瞑想」や「歩く瞑想」なども行いました。例えば土を見る時も、その中に様々な生き物がいるということを発見しなければ、ただの土の塊です。発見によって、いのちの働きを豊かに感じることができます。けれども、生活に発見がないと、とても退屈で平板な日常が毎日続くことになってしまいます。
子どものように発見しようとする眼差しを持つことが、地球と人間のあり方を再構築しますし、地球の神秘的な力を再発見しようとすることにつながるのではないでしょうか。

黒川
私が稲葉先生にお伺いしたかったことの一つが「呼吸」に関することなのですが、よろしければ「呼吸」についてお話しいただけますか。
稲葉
養生法や健康法は色々ありますが、一番簡単でどこでもできる養生法が呼吸法だと思います。あらゆる伝統芸能でも「呼吸」は肝になります。なぜかと言えば、体内にある植物的な世界(=内臓)と脳や筋肉といった体を動かすための動物的な世界。それをつなぐ唯一の人間的な営みが呼吸だからです。
浅く短い呼吸をすると、動物的な方向にシフトします。頭の回転が速くなりますが、イライラしたり、失敗を起こしやすくもなります。そういうときに深く長い呼吸をすると、体は植物的な方向にシフトします。つまり内臓感覚が軸になるのです。
かつて病院長を務めていたときに、クレーム対策が必要になることがあったのですが、周りに伝えていたことが「相手の呼吸に飲み込まれず、とにかく深く長い呼吸をし続けて、相手のペースに飲み込まれないようにしてください。」ということでした。相手がイライラして浅く短い呼吸に共鳴すると、相手のペースに飲み込まれて、こちらもイライラしてくるんです。だからこそ、こちらは深く長い呼吸を意識して、決して相手に巻き込まれてはいけません。
むしろ、相手の方がこちらの深く長い呼吸に共鳴していけば、落ち着いた理性的な対話が行えます。そうした無意識の心理戦のような領域でも呼吸は関わってきますね。だからこそ武術でも呼吸は重要なのだと思います。
黒川
確かに。心理療法でも、呼吸はとても大切なことの一つです。興奮している方を目の前にすると、どうしても飲み込まれてしまう。そのときに「バリデーション」という技法の中に書いてあるのが『深呼吸を8回してから、患者さんのところに行きなさい。』ということ。つまり、相手を変えるのではなく、自分を整えていきましょうということなのですが、とても有効です。
稲葉
そういう意味で、今の社会は浅く速い呼吸が社会を覆っている気がしますね。私はみんなが呼吸の大切さを理解して、深い長い呼吸をして、落ち着いて長期的な視野で社会を捉えていきたいです。そうしたことにも、日本の伝統文化が教えとして伝えてきた真髄があるのではないでしょうか。
8 Hachi Mediaでも、持続的な社会に向けて、相手のペースに乗らずマインドフルなあり方を大切にしてほしいです。マインドフルネスは極めて倫理的なものですから。そうした方がリーダーとして社会を導いていただきたいですね。
前編はこちら
プロフィール
心理学者、臨床心理士 黒川由紀子先生
上智大学名誉教授、黒川由紀子老年学研究所所長。特に高齢者の心理臨床を専門とする。これまで医療機関や福祉施設等で認知症の人への心理療法を専門職やボランティアと共に行ってきた。現在回想法グループ、自分史年表講座、マインドフルネスの会、歌・音楽を楽しむ会等を運営している。年を重ねる豊かさを多世代で共有できたらよいと考えている。
医師、医学博士、産業医、作家 稲葉俊郎先生
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 特任教授。「いのちを呼びさます場」として、湯治、芸術、音楽、物語、対話などが融合したwell-beingの場の研究と実践に関わる。西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修め、医療と芸術、福祉など、他分野と橋を架ける活動に従事している。
writer |
8 編集室

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