
複雑で難解に見える「欧州グリーンディール」。しかし、それは企業経営やキャリア形成に直結する「教養」として理解しておくべきテーマです。GDPRが世界の常識になったように、欧州グリーンディールもまた、やがて世界を変えるルールとなります。
8 Hachi Mediaで好評だった「教養としての欧州グリーンディール」での連載がきっかけとなり、2025年9月11日、東京都大手町のClimate Tech特化施設「0 Club(ゼロクラブ)」にて、イベント「欧州グリーンディール:脱炭素が変える未来の世界と仕事の話」が開催されました。
本イベントの講師を務めたのは、複合プラスチックのマテリアルリサイクルを推進するスタートアップ・株式会社esaの米久保 秀明さん。欧州駐在を通じて現地のサステナビリティ政策を肌で経験し、ブリュッセルの在欧日系ビジネス協議会(JBCE)で気候変動ワーキンググループを担当してきた同氏が、世界の最前線の情報を日本に持ち帰り解説しました。
米久保氏が講演の冒頭で取り上げたのは、「ブリュッセル効果」と呼ばれる現象。これは、EUが制定した規制が域内にとどまらず、事実上の世界標準として広がっていくことを意味します。最も有名な例がGDPR(一般データ保護規則)です。
2018年に施行されたGDPRは、プライバシーや個人情報保護の水準を飛躍的に高めましたが、同時に企業に対する強制力も極めて強力でした。違反が確認された場合、全世界売上高の4%または2,000万ユーロのいずれか高い方を制裁金として科される可能性があるため、多国籍企業は「EUにビジネスを展開する以上、世界中の事業運営をGDPR準拠にするしかない」という判断を迫られたのです。結果として、プライバシーポリシーの改訂やデータ管理体制の強化が、アメリカやアジアを含む世界中の企業で一斉に進みました。
この現象は、EUが域外にも大きな規範力を持ちうることを示しています。そして、同じことが今後「環境規制」においても起こりうるのです。

2019年12月、欧州委員会は「欧州グリーンディール」を発表しました。これは2050年までにEU全体でカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)を達成することを掲げた包括的な成長戦略です。単なる環境規制ではなく、経済・産業・社会全体を持続可能な形に変革することを目的としており、その射程はきわめて広範囲に及びます。
グリーンディールを具体化する施策には、大きく二つの柱があります。
サーキュラーエコノミーパッケージ(CE)
廃棄物管理や再資源化だけでなく、製品設計の段階から循環型を前提とする仕組みを導入。
包装廃棄物規則に基づきリサイクル材利用を義務化し、エコデザイン規則では製品寿命の延長や修理可能性を求める。
「デジタル製品パスポート(DPP)」を通じて、素材構成や環境フットプリントをトレーサブルにし、透明性を高める。
Fit for 55(CNパッケージ)
2030年までに温室効果ガスを1990年比で少なくとも55%削減する目標を実現するための政策群。
再エネ拡大を義務づける再生可能エネルギー指令(REDⅢ)、自動車のゼロエミッション化を求めるCAFE規制、EU排出量取引制度(EU-ETS)の拡充、そして国境炭素調整措置(CBAM)の導入などを含む。
これらの施策は、EU域内で活動する企業にとって必ず守らなければならない「ルール」であるだけでなく、EU市場に製品を輸出する企業にとって無視できない「事実上の国際標準」となりつつあります。
環境規制の域を超えた「産業戦略」でもある欧州グリーンディール。その側面からみた時に、どのようなことが起こっているのか、という点についても米久保氏は言及しました。
再生可能エネルギーの利用拡大:
風力・太陽光への大規模投資を通じ、エネルギーコストの安定と域内産業の強靭化を図る。
グリーン水素の推進:
水素製造や輸入インフラ整備を加速し、次世代エネルギーの覇権を狙う。
炭素国境調整措置(CBAM):
高炭素製品に課税し、域外からの安価な高排出製品の流入を防ぐことで、欧州産業を守る。
つまり、グリーンディールは「環境を守るための規制」ではなく、「欧州経済を強化するための成長戦略」として設計されているのです。

一方で、この政策は国際政治・経済の変動から大きな影響を受けています。
ウクライナ侵攻(2022年):
EUはロシアからの天然ガス輸入に39%依存していましたが、侵攻を機に輸入をゼロに。脱炭素よりも「エネルギー安全保障」が優先課題となり、REPowerEU政策へと舵を切りました。
米国のIRA(インフレ抑制法):
巨額の補助金により、グリーン分野での投資規模は欧州を上回り、企業の流出を招く懸念が強まっています。
中国との競争:
太陽光パネル、風力タービン、水電解槽など主要技術で中国が圧倒的なシェアを握っており、欧州は「遅れをとった」との危機感を強めています。
さらに、域内の政治状況も不安定です。2024年以降の右派台頭により「グリーン疲れ」が広がり、産業保護や経済安全保障へのシフトが進んでいます。グリーンディールは欧州の未来を方向づける戦略であると同時に、その持続性を脅かすリスク要因にも直面しています。

講演後に設けられた参加者とのインタラクティブなセッションでは、日本の現状に目を向ける一幕も。2022年に施行された「プラスチック資源循環促進法」により、製造から回収・再資源化までのライフサイクル全体での取組が進められています。しかしEUと比べると、まだ法的拘束力のある数値規制は限定的で、マテリアルリサイクルの比率も低いままです。
また、日本の大企業は利害関係者が多く、意思決定のスピードが遅れがちです。米久保氏は「大企業が自ら革新を起こすのは難しい。むしろスタートアップと連携し、新しい技術やビジネスモデルを取り込みながら変革を進めるべき」と強調しました。
特に、複合プラスチックのマテリアルリサイクルは世界的にも未開拓の領域であり、日本発の技術が国際標準をリードできる可能性を秘めています。esaがこの分野で先行して取り組むことは、国内外でのルール形成に直結し、日本の競争力を高める大きな一手となり得るのです。

会場となった「0 Club」は、床や椅子、内装に至るまでアップサイクル資材を用いたサステナブルな空間。スタートアップが入居し、Climate Techの新しいエコシステムが育まれる場所です。
イベント後のネットワーキングでは、参加者同士が「どの領域に投資すべきか」「日本が国際ルールをリードできる分野は何か」など熱心に議論を交わしました。特に、プラスチック資源循環やトレーサビリティ分野に関心を持つ声が多く聞かれているのが印象的でした。

「教養としての欧州グリーンディール」連載記事一覧
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