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vol.3 歳を重ねる人と木 ― 杉の記憶と生命の共鳴

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2026年3月16日、大分県を拠点に活動する彫刻家・有馬晋平さんと、老年心理学の第一人者である黒川由紀子先生による対話イベント「歳を重ねる人と木」が黒川由紀子老年学研究所にて開催されました。 有馬さんが生み出す、杉の木を削り磨き上げた彫刻作品「スギコダマ」。その滑らかな造形の中に感じられる生命の軌跡に映し出される人の「こころ」の複雑さと美しさについて語られたイベントの模様を8Media編集部がお届けします。

 

「スギコダマ」の記憶

 

大分県で作品づくりをしている有馬さん。なめらかでずっと撫で続けていたくなるような肌ざわりと造形が印象に残る「スギコダマ」が生まれた経緯についての紹介からイベントが始まりました。

 

茅葺き屋根の古い民家や廃業した造り酒屋の酒蔵がある佐賀県の実家で過ごした幼少期。かくれんぼをしていると見つけてもらえなくなる気がして本気で隠れないようにしていたそうです。図画工作が得意で、漁師になりたいと思ったほど川魚を釣ることが好きだったと話します。

 

しかし成長するにつれて、何を何で表現すれば良いのかが分からない感覚に陥り挫折を感じていくように。それでも美術教師を目指し、大学に進学。自分を表現する素材を探し続ける中で、契機となったのは田舎町の子ども達に対して行ったワークショップでした。そこにはかつて心を踊らせてくれた田舎への憧憬があったのかもしれない、と有馬さんは語ります。

 

「実家の裏山は手入れがされず倒れている杉がいくつもありました。生物多様性が失われているのは杉のせいではないか。なぜこんなにも植えているのだろう、と不思議だったんです。けれども実家の木材や竹、岩石や土と紙で造られた建物と何十年も蔵の中で眠っていた道具達を観察しているとその理由がわかるような気がしました。

 

杉は江戸時代には生活に欠かせないほど重要な存在でした。だから先祖は子孫に財産として残してくれたのかもしれない。先祖が僕のために、僕が何かをつくるために植えてくれた。そう感じたときに目の前のありふれた木材である『杉』を使いたいと思えるようになったんです。」 

「隠れた日本の宝」杉の価値を世界へ

 

自分を表現したいと思える素材を見つけられたものの、当初は杉で芸術表現ができるのか、疑問を感じていたそうです。しかし、偶然立ち寄った材木屋での出会いがその懸念を覆しました。理由もなく目が釘付けになった杉の小さな板。思わず購入し、衝動的に制作した作品が「スギコダマ」になりました。後にわかったことですが材料となった木版は樹齢数百年の老木でした。このことが作品づくりに老木を用いる理由になっています。年月を重ねたからこそ持つエネルギーが有馬さんを引き寄せたのかもしれません。

 

「スギコダマ」という作品名には杉の小さな玉(たま)、杉の木塊(こだま)、作品のメッセージがこだましていくようにという意味が込められています。刃物が杉の繊維や細胞を切り分けるときに感じる色・匂い・音。そこに杉が生きてきた時間を感じ、人体や生命体、海や宇宙の中にいるような気持ちになると言います。

 

作品をつくり続け、国内外で展示会を開催。杉に馴染みのある日本人だけでなく、パリやアムステルダムでも直感的に「スギコダマ」が持つエネルギーを感じ受け入れられたそうです。天然林が貴重な存在であったヨーロッパの人々にとって、日本では数百年前から木を植え、受け継いできたということに驚く人も多かったのだとか。

 

「日本中の杉が最高の『スギコダマ』になると思うと、宝の山に思えてくるんです。一本一本に魅力がある。命の活動が積み重なって形成され、唯一無二の個性が細部にもあると気づくことができました。

 

杉ほどサスティナブルな素材はないのではないかと思いますね。曽祖父や高祖父が植えてくれたものが芸術作品の材料になることも魅力的です。裏山にあるもので、世界の人々のこころを揺さぶることができるという可能性を感じています。」

 

杉の学名である「Cryptomeria japonica(クリプトメリア・ヤポニカ)」には「隠れた日本の宝」という意味があるそうです。日本固有種である杉が持つ文化的価値を世界に届けたいと有馬さんは話してくれました。

 

歳を重ねることが「こころ」を成熟させる

イベントの後半は対談です。黒川先生から寄せられた「素材として老木を選ぶ理由」について有馬さんはこのように語りました。

「老木には長く生きたという結果が存在しています。若い木は、未来がはっきりしていません。大工業界では樹齢の長い木は材料としても永く生きると考えられています。

 

若い木は細胞や繊維が非常に不安定で、乾燥させると歪みが生じやすい。それに対して老木は年輪がきれいに形成され安定している。だから加工しやすい。また杉は成長すると油分を含むようになります。油分が多いことで腐りにくくなる。だから年を重ねた木ほど朽ち果てずに永く生きることができるんです。」

 

高齢者の「こころ」に寄り添ってきた黒川先生は、そこに人間の精神的な成熟を重ね合わせます。

 

「人間も若い時は不安定ですよね。可能性もたくさんありますが、迷ったり・悩んだり・揺れ動いたりする。でも歳を重ねるとちょっとやそっとのことでは動じなくなります。経験が多いということが力になるからです。

 

子どもは夢を語りなさいと大人に言われますが、迷うことは当然。すぐに夢が見つからなくてもいいというメッセージをもっと送ってもよいのではないでしょうか。」

 

杉の構造を有馬さんは「生と死の共存」だと例えます。 杉の真ん中の赤い部分(芯材)は、既に活動を終えた『死んだ細胞』です。この腐りにくく強固な柱が支えてくれるからこそ、一番外側の白い部分(辺材)が新しい生命活動を続け、何百年も生きながらえることができるからです。

 

国籍や年齢、文化を超えて、見る者の心の奥底に働きかけるこの作品。その滑らかな曲線と幾重にも重ねられた年輪は、私たちが避けることのできない「老い」という時間を、美しく豊かな「成熟」のプロセスとして捉え直すきっかけを与えてくれるのかもしれません。

 

<編集後記>

手に取るとずっと撫でていたくなる感覚になる「スギコダマ」。小さい作品の方が樹齢が長いことが多いそうです。何気なく手にしたものは樹齢200年のものでした。手ですっぽりと包める大きさなのに、こちらが包まれているような感覚になります。

 

「物理的な面では木と人は逆行している。木は細胞の密度が高くなり充実していくのに対して、人間の身体は粗くなっていく。けれども魂の成長は杉も人間も同じような成長をしていると感じました。」という参加者の言葉がとても印象的でした。

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