Hachi Medida

神性のシェアリング・コモンズ

メイン画像

ー 天球観測のはじめかた ー     

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.3は石川県小松市の石切場跡に訪れた時に感じたこと、小学校跡をリノベーションした「オーベルジュ・オーフ」で感じた生命の囁きについて。


金沢21世紀美術館に行った帰りに、石川県・小松駅を降りた。ガリバー旅行記に出てきそうなKOMATSU(そうか、KOMATSUの町なのだ!)の巨大シャベルカーを脇目に、タクシーで山の奥へと吸い込まれて行くと、突然木々のなかに大きく岩の露出した崖が現れる。運転手に話を聞くと、それが石切場跡であることを知る。

「のどかな田園風景に突然現れる石切場跡」

岩壁を過ぎたあたりでタクシーを降り、路地を入って農家のあいだを数分歩いて行くとすぐに石切場跡に着くことができる。入口にある石切体験の簡素な東屋(写真を載せるのが憚られるくらいあまりに質素だ)を通り過ぎて、マムシが出ないかとビクつきながら雑草の茂るぶっきらぼうな階段を昇っていくと、やがて展望台に着く。

そこには、長い階段とその到達点にそびえる50mもの岩壁がそびえていた。採石された跡だろう、岩壁には1×1mぐらいのサイズのマス目の線が入っていて、周囲には木が生え草が分け入り、人間の及ばない生命力を感じさせてくれる。この階段はジュリー・ブルークというアーティストの《Ascending(上昇)》という作品だそうだが、岩倉を祀る石段のようにも見えて、その荘厳さに立ちすくんで見上げてしまう。

「ジュリー・ブルーク《Ascending(上昇)》」

このあたりは観音下町(かながそまち)というエリアで、石切場とそこで採石される日華石で有名なエリアだそうだ。観音山のふもとに位置し、山頂への道には観音菩薩や石仏が並ぶ。ここで採れた石は全国に流通し、国会議事堂の建造にも使われているそうだ。八百万の神を奉られた神山の岩を削り、それが分祠のように全国へと生々流転していくことを想像すると、日本人の精神性の源泉を見上げるようなそんな崇高さをこの岩壁に感じてしまう。

石切場の少し手前にあるのが、小学校跡をリノベーションした「オーベルジュ・オーフ」だ。地域活性を目的とする滞在交流施設として、里山の資源を活かしたオーベルジュを運営している。

ここのディナーのアミューズにも、日華石が使われている。石の上に様々なフィンガーフードが盛られて出てくるが、イワナは素揚げされてまるで石の上を遡上しているようだ。ローストビーフは岩神様からめくれた血肉のようにそり返り、鱒は川の上流に卵から孵るのを待ち焦がれるかのように丸くちょこんとしている。そのまわりに季節を象徴する草花が自然の風景を彩る。

まるでこの土地の生態系を見下ろしているような、そんな心境になるアミューズだ。彼らは思い思いに生きては囁いて、人間臭い(という表現も奇妙さが残るが)群像劇を演じ、お気に入りのカフェの雑踏にいる心地よさのようなものを感じさせる。ぼくらが聞こえてないだけで、生命はあちらこちらで囁いているのだ。

そしてぼくは、崩れないようにそいつをひとつまみで口に運び、あとには日華石だけが残る。このステージもまた、別のアミューズとして使われていくのだろう。

「日華石を用いたアミューズ」

夕食を食べ終え、酔い覚ましに真っ暗な畦道を散歩する。何も見えなくても鈴虫たちの鳴き声はぼくを囲み、見上げればたくさんの星が好き勝手に瞬いている。昼間に見た石切場は真っ黒のモノリスのように佇んでいる。天球の四方に生命の囁きを知覚しそこに愛らしさを感じるとき、ぼくはたった独りでも孤独から解放され、言いようのない多幸感に包まれる。

神山が石切場で切り分けられ各地に届けられる。その日華石を舞台に魚や草花ら生命が囁き合う。そうした人間と土地のやり取りを、鈴虫や星々が見守る──神性がシェアされ共有されるこうした環世界は、アニミズムと自然崇拝の根付く日本で観測する天球の特徴のひとつなのかもしれない。

「小学校跡をリノベーションしたオーベルジュ・オーフ」

▼次の記事

▼前の記事

writer | 

田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 特別招聘准教授。アートの企画・編集・コンサルティング/2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わる。

Hachi Medida