Hachi Medida

このタイミングのコロナビールさいこう

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ー 天球観測のはじめかた ー     

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.4は山口県宇部市にあるガストロノミー「メゾン・アウル」に訪れたときのこと。そこで立ち会った絶対的に無常な「いま・ここ」とは。


山口県宇部市にあるガストロノミー「メゾン・アウル」を語るとき、石上純也の建築が焦点となることは多い。非日常感あふれる洞窟、マッシブな土に囲まれたスペース、壁やガラスの有機的な造形……そのどれもが、もちろん素晴らしい。だがそれと同じくらい、オーナーシェフ・平田基憲の演出する時間もまた、文字通り代え難いものだ。

Photo by Daisuke Orio

ディナーは18:00から始まる。厨房が背負う大きなガラスから漏れ入る陽光は、ゆっくりと咀嚼するようにカウンターの表情を変える。ぼくが訪れたのは夏。まだディナーが始まる前の時間帯は、白く強い光が差し込み濃い影を落とす。洞窟の壁沿いに生える植栽は、青々としたみどりで映える。だが、やがて太陽が傾き暑さが和らいでくると、壁面の土が主役に代わり強い朱に染まる。鮮やかだったみどりもカウンターも器も、プロジェクション・マッピングのようにオレンジ色になって、そのあとはゆっくりと群青色にトーンを落ち着けて、逢魔時へと沈んでいく。

カウンターにはぼくと連れのふたりだけだった。ゆっくりとコースが提供されるが、それらはフィンガーフードを中心にした軽めのもので、その場の主役は会話だった。調理はスタッフに任せそのディレクションとぼくらとの会話に徹する平田は、自らを演出家とし「ダイニング・エクスペリエンス」を掲げる。アクセスがいいとは言いづらいこのダイニングに世界中からゲストが訪れ、クリエイティビティある人が宇部に集まるきっかけとなってほしい──そう彼は語る。カラーレンズをかけて表情を探りにくい彼とのヒリヒリしたやりとり、建築家でもあるスタッフをぼくらに紹介し「若いヤツが面白いことを仕掛けるきっかけになれたら嬉しい」と語るイタズラっぽい笑み──「1万年前からありそうで 1万年後にもそこにありそうな」というコピーに相応しく、時空を飛び越えるがごとくあっという間に時間は過ぎる。刻々とその色を変える陽光は、と同時に1万年前から変わらずに繰り返されてきた営みでもある。

食事はメインを終えて落ち着いたペースになり、薄明かりのなかでぼくらは静かにドルチェと老熟のウイスキーをたしなめていた。そのとき、彼はおもむろにコロナビールをぼくらの前に突き出した。その見慣れたビール瓶は、これまでのエスプリの効いた料理と趣きの異なるもので意外に感じられたが、口をすぼめてぐいと飲むと、軽やかな清涼感が喉から胃へと流れ込んだ。ぼくは思わず「このタイミングのコロナビールさいこう」と膝を打った。緊張感が和らいで、時空を超えて友だちの家に行ったような感覚に襲われたのを見て、平田はしたり顔で「演出家だからさ」と言った。

Photo by Daisuke Orio

「自分がいつかいなくなってもこの店が残ってほしい」と平田は言うが、ぼくはそれを否定せざるを得なかった。オーナーシェフのつくり出す空気があってこの店は成り立っている。時間軸を越えようという挑戦でもってこの建築の圧倒的な存在感は残り続け、平田基憲という生ける存在との刹那は、いま、このときだけのものだ。ぼくが立ち会った絶対的に無常な「いま・ここ」は、まさに「このタイミングさいこう」と呼ぶべきものだ。かくして、ファウストは面前に拡がる儚い営みたちを叫んだ、「時よ止まれ、お前は美しい」と。

帰りしな、コンビニの駐車場でぼくらは飲み直す。ポテチを車止めに広げて缶ビールをもて遊びながら、「すごい体験をしてしまった」と言い合った。それは、太古と現代、白と朱、永遠と刹那、エスプリとコロナビールといった、相反するエクスペリエンスへと迷い込む洞窟──それがメゾン・アウルだったのかもしれない。

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田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、「田尾企画 編集室」代表、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 特別招聘准教授。アートの企画・編集・コンサルティング/2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わる。

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