
気候変動、資源循環、サステナブル製品、環境表示など広範囲に渡るEUの環境規制。ともすれば無機質で難解なものに捉えられてしまうことも。けれどもEUの環境規制が世界的に影響することは少なくありません。今のEUを知ることで日本企業の未来を予想する。この連載では、その手がかりとして2020年から2024年までの「欧州グリーンディール」を取り上げます。
「欧州グリーンディール」とは、EU(欧州連合)が2050年までにカーボンニュートラルを実現するために立てた計画や戦略のことです。温室効果ガス(GHG)の排出削減やサーキュラーエコノミー社会実現に向けて幅広い環境規制を推し進める内容となっております。
欧州グリーンディールの動きを追っていた際の私の感触としては、気候変動やエネルギー関連の環境規制の方がサーキュラーエコノミー関連よりも早く進んだ印象です。また実際に、私がドイツに駐在していた際は、何度となく欧州人にとって気候変動は大事な問題なのかな、と認識する出来事がありました。以下はその一例です。
ドイツ駐在中は仕事の都合で、車を運転してブリュッセルへよく出張していました。まずは、速度無制限区間のあるドイツのアウトバーンを走ることになり、爽快なドライブが楽しめます。
写真はアウトバーンを走っている際の車窓からの眺めです。風車が見えますね。余談ですが、こういう平坦で広くて、建築物のない、のどかな風景はアウトバーンを走っているとよく見かけます。だからこそ、ドイツではこういった風車も設置しやすいのでしょうね。ちなみに、スペイン南部に行った際は、日当たりのよい広大な土地に太陽光パネルが沢山設置されておりました。

話を戻しましょう。ドイツのアウトバーンを通過した後、オランダに入ったとたんに速度制限は100km/hになります。オランダの高速道路はもともと130km/h制限だったのですが、2019年に環境規制が改正され100km/hに引き下げられました。その理由の一つは「燃費向上によるCO2排出削減」のようです。
オランダでは環境問題に対する市民の意識が高く、環境NGOや市民団体が政府に対して厳しい要求をすることもあり、このような法改正が行われることもあるようです。
もう一つ、オランダが環境対策に力を入れる背景として、国土の特性もあるのではないかと思います。オランダの土地の多くは干拓によって作られており、国土の大部分が海抜ゼロメートル地帯、もしくはそれ以下にあります。オランダのキンデルダイクに訪れた際には、写真のように、昔干拓に使われたと言われる風車を見ることができました。

このような干拓で作られた土地は、気候変動による海面上昇の影響を大きく受けるリスクがあるのです。そのため、オランダ市民の気候変動への関心も高いようです。
このように、欧州人と気候変動は切っても切れない関係ですが、それに関連した環境規制が、広範囲に、一気に、2020年~2024年の間に進んだのが「欧州グリーンディール」によるものでした。今回の記事では、その欧州グリーンディールについて全体像をご説明いたします。
注意したいのは、欧州グリーンディール自体は環境規制と呼べるものではなく、法的拘束力を持っていない点です。これはあくまで、欧州委員会が2019年12月に発表した「環境規制の設計図」のようなものであり、そこから派生して数々の環境規制や実行計画が導入されました。
欧州グリーンディールが発表されたのは、2019年にEUフォンデアライエン委員長による欧州委員会が発足した直後です。新しい政権の旗印として掲げられたこの構想は、環境だけでなく、EUの経済成長や雇用創出といった多面的な目的も持っていました。
欧州グリーンディール発表からの5年間(2020〜2024年)は、欧州グリーンディールを各環境規制へ落とし込むフェーズでもありました。

次に、EUが欧州グリーンディールを打ち出すまでの背景に触れたいと思います。気候変動に関しての国際議論は、長い歴史がありました。その中心的な場が、だいたい毎年11月頃にニュースでもよく登場する「COP(締約国会議)」です。
毎年開催されており、有名なもののひとつが1997年のCOP3で採択された「京都議定書」です。これは温室効果ガス(GHG)の排出削減を国際的に取り決めた画期的な協定として知られています。
その後、2015年のCOP21で採択されたのが「パリ協定」となります。世界平均気温の上昇を産業革命前から「2℃未満」に抑える、そして「1.5℃未満」を目指す努力をするという目標が設定され、世界的な協力の枠組みが本格的に動き始めました。
そして2018年にIPCC(※)が発表した「1.5℃特別報告書」において、1.5℃未満に抑えることの人類へのメリットや、2050年にカーボンニュートラルを達成することが提案されました。
(※)IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change、気候変動に関する政府間パネル) 世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)により1988年設立の政府間組織。195の国・地域が参加。
EUもこの「1.5℃未満」目標を達成すべく、欧州グリーンディールで2050年のカーボンニュートラル達成を目標とし、実現に向けて動きました。
この「1.5℃未満」の目標は、EUにおいて2021年に成立した「欧州気候法」によって規制化されました。同法では、2050年のカーボンニュートラルとともに、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で55%削減する中間目標も定めています。この中間目標である「2030年の55%削減」を実現するための具体的な環境規制群が「Fit for 55」と呼ばれています。言葉を換えれば、EUが「Fit for 55」の環境規制群を全て着実に遂行していけば、EU単体としては「1.5℃未満」に必要なCO2などの温室効果ガス(GHG)の排出削減ができる、ということです。
この「Fit for 55」は欧州グリーンディールの目玉政策に位置付けられ、2021年7月と2021年12月に2回に分けて欧州委員会から発表されました。1回目の7月の発表時のことを思い出すと、私はまだドイツに駐在して間もなかったため、そのボリュームの多さに圧倒されました。
10本以上の文書が同時タイミングで発表され、それら全ての環境規制の文書の総ページ数は4000ページを超えておりました。かつ、この「Fit for 55」の環境規制群は、EUの排出量取引制度(ETS)、再生可能エネルギー指令(REDIII)、国境炭素調整措置(CBAM)など、多くの日本企業からも大変注目を浴びた非常に重要な環境規制を含むものだったのです。
次回は、これら「Fit for 55」の環境規制群に迫っていきたいと思います。
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writer |
米久保 秀明

2005年に東京大学大学院修了。キヤノン株式会社入社後、レーザービームプリンタの製品開発に14年間従事。その後、旭化成株式会社で資源循環に関するプロジェクトに従事し後に、ドイツに駐在。4年弱の間、欧州におけるサステナビリティ全般の動向調査に携わる。うち2年間は、ブリュッセルのNPO法人であるJBCE(在欧日系ビジネス協議会)にて、気候変動ワーキンググループ担当の事務局員を兼務。2025年4月より、プラスチック資源循環を推進するスタートアップ、株式会社esaに参画。
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