Hachi Medida

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ー 天球観測のはじめかた ー   大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。 vol.16は中澤希公の個展「昨日、巡り合おうとしなくても」を訪れた時のこと。恩を循環させることとは何なのだろうか。


翌日のことを考えて〆のラーメンに行かなくなった。睡眠不足になるとパフォーマンスが著しく落ちるようになった。整体やジョギング、化粧水などメンテナンスに時間もお金もかけるようになった。

中澤希公という学生に出会ったのはその頃だった。2024年にSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で「現代アート概論」を講義する機会を得たときに受講する生徒として出会い、持ち前のモチベーションと行動力、そしてコミュニケーションにおけるバランス感覚(ぼくももっと彼女から学ばなければならない汗)で、メキメキとアドバイスを吸収し、実践し、そして成長している。

その後、中澤は東京藝術大学の大学院に進学し令和7年度の文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業にも採択され、名実ともにアーティストのたまごとして躍進を続けている。そして2026年1月、青森県立美術館のコミュニティギャラリーで個展「昨日、巡り合おうとしなくても」を開催した。

展示は、自身の抱える喪失に鑑賞者が向き合い、あったかもしれない景色を窓からは覗き、記憶の奥あるいは日常への扉をくぐる、巡礼の旅になっている。隅にある石積みや繊細なガラス、呼吸と同じリズムを刻む水槽の泡などは、いずれも記憶のトリガーとして丁寧に私たちが生きながら失ったものに再会させてくれる。

中澤は大学でランドスケープを学んできた。現代アートで一般的に追求される作品然とした強度ではなく、本展ではあくまで風景が、そして環境がつくられている。鑑賞者は自由に空間を歩くことができ、またそれぞれの場所から見える風景もまた丁寧に設計されている。つまり、そこには鑑賞者が思い思いに歩き作品と対話する余白があり、見える景色──展示体験によって思い起こされる一人ひとりが喪失していた情景──が移り変わっていく。

これまでのグループ展やギャラリーの展示では物理的なスペースの確保が難しかったが、美術館のホワイトキューブで個展を開催するにあたり充分な空間を確保することができ、彼女が学んできたこと──アーティストとしての彼女らしさ──は花開いたようにも感じられた。

ぼくの関心分野から展示を照射すれば、畢竟それは屋外展示や社会実装の可能性にもつながる。ランドスケープである以上、(今回は、冬の青森での屋外展示は現実的でなく断念したが)屋外で実際の景色を伴いながら展示することは、また作品の意味を重層的にするだろうし、「現代アート」という狭義の分野を越えた慰霊の場のようなあり方もあるだろう(事実、彼女は大学の卒業制作でそういった社会実装の提案をしている)。

「あと何をお前に教えてあげれるかなぁ」。写真家・田附勝に以前言われたことばだ。数年前、ぼくと彼はスウェーデンに3週間ほど撮影旅行に行く機会を得た。(お金がなかったので)同じ部屋にずっと泊まり、文字通り四六時中ともに過ごした。歯を磨きながら、パジャマに着替えながら、スーパーで買った惣菜を食べながら、──毎晩いろんな話をした(大半が愛の鞭だった)。そんなときに彼が言ったことばに、不器用でも大きい大きい愛を感じ、ぼくはその恩をなんとか返したいと思っている。中澤とやりとりをしていてよく思い出すのはそのときのことで、次の誰かのために動くことで、「返せてるかな、返せてるかな」と自問自答する。

準備のさなかは必死だったが、設営も終わり東京に帰ってからというもの、じわりじわりと展示の情景が思い出される。忘れていた記憶が、失ってた青くさい感情が、灰色のビル街にも浮かんでくるのだ。もっと会期を長く、もっと多くの人に見てもらいたいと思った、いい展示だった。

2025年から密かなマイルールを設けている。次の世代からの仕事依頼はできるだけ請ける。若手の展覧会では予算不足や条件面の問題でキュレーターのいないことが少なくない。だが、経験値が少ない彼らにこそキュレーターが伴走するべきだろう。謙遜抜きに微力ではあるが、自分の経験が誰かの役に立つのであれば──そういう思いで取り組んでいる。なにより、そのフレッシュな感性や尽きないパッションからは、ぼく自身も得るものが多い。一緒にいるだけで自分も若返り、(気持ちだけは)20代に戻る。

まだまだ、ぼくを育ててくれた人たちから受けた恩は尽きない。昨日、彼らに巡り合おうとしなくても、明日、別の誰かに受け取ったものを渡せるのだと。

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writer | 

田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 特別招聘准教授。アートの企画・編集・コンサルティング/2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わる。

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