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対談8 【後編】森に向き合い続けることで起きた変化

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ミツバチが花々を飛んで、命を繋いでいくように、対談者同士が交わり合い知見や意識を共有し、新たな可能性を模索する対談企画「対談8」。今回は、一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団から、理事長の森田いづみさんと“森の番人”石井敦司さんをゲストに迎え、「ー多様性は可能性ー交わる森・地域・人」をテーマに対談を行いました。

 


 

2025年6月13日、第3回目となるトーク&交流会イベントが開催されました。今回のテーマは「ー多様性は可能性ー交わる森・地域・人」。

 

長野県信濃町の荒廃した里山から森を再生し続ける一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団(以下、アファンの森)から、理事長の森田いづみさんと“森の番人”石井敦司さんを、ゲストにお迎えしました。

 

後編の始まりは「里山の価値」のお話から。実際に人が手を入れて再生した森で、植物や動物たち、そして地域との関係がどう変わっていったのかを伺います。アファンの森で起きた“変化”を感じる、お二人のトークをお楽しみください。(前編はこちら

手入れをされた“気持ちのいい森”の可能性

 

以前は人々の暮らしに欠かせない場所であった里山が放置され、暮らしとの関係性が薄れてしまったと話されていた前編。今回、森田さんと石井さんが話してくださったのは、人と自然がともに生きる方法の新たな形、“現代ならでは”の里山の可能性です。

 

森田

ニコルはよく「人間の心には森のDNAがある」と言っていました。疲れたときに森に入ると、なんだか心が共鳴して元気をくれるって。彼の生まれ故郷のウェールズでは、お医者様が「あなたはAコースを週3回歩きなさい」みたいな感じで「森の散歩の処方箋」を書くんです。そうすると、薬の量が6割ほど軽減した事例もあったそうです。ニコルは未病の観点からも、それを日本に持ってきたいと考えていました。経済的な価値が認められず、必要とされなくなった里山に新しい価値を見出さなければいけない、と。

 

里山には、森林療養やアロマなどさまざまな可能性が眠っています。実際、ニコルが病院の先生と組んで検査をしたところ、2時間ほどアファンの森を散歩したあとは、血圧や免疫力、脳疲労などへの良い影響が認められました。ぜひ多くの人に森に来て、体験して欲しいなと私は思っています。

 

石井

「森林セラピー」は各地でおこなわれていますが、中には「森だったらなんでもいい」というところもあります。ただ、僕らはやっぱり人の愛情が込められた、手入れされている明るい森を歩いてほしい。気持ちのいい森がいい、と信じて活動しています。

 

40年前の森のようすと、それを引き起こした原因

 

トークの中では、“森の番人”として20年以上アファンの森で働く、石井さんのお話も伺いました。そもそも、なぜ里山は放置され、手付かずの荒れた状態になってしまったのでしょうか。

 

石井

まずはみなさんに、手入れ前のアファンの森(下図参照)をお見せしたいと思います。アファンだけではなく沢山の森がなぜこんなふうになってしまったかと言うと、戦後の復興のために木材需要が急増したのが始まりです。戦争中の乱伐等で木材が足りなかったため、政府の指示でどんどん針葉樹が植えられました。

 

時期を同じくして、燃料が木材から石炭へと変わり、里山の価値が下がってきた。そうしてここでも住宅などに活用しやすい針葉樹の人工林化が進んでいきます。原生林などもどんどん伐られて針葉樹の森へと変わってしまったんです。

   

しかし、どんなに急いで木を植えても、使えるまでには40~50年はかかります。それを補うために輸入し始めたのが安い外材です。そうして国産材の価格がどんどん下がっていき、林業が衰退。林業離れが起こって、森林の手入れ不足へと繋がりました。仕事がない山村地域は高齢化していき、森が荒れていく。そういう悪循環の末に、今があります。

 

山が荒れると、どうなるか。保水力が低下し、畑や田んぼの水が不足してしまったり、災害が起こりやすくなります。また、山に餌となる植物がなくなり、光の入らない鬱蒼とした林に身を隠しながら野生動物が里まで降りてきて畑を荒らすようになるんですね。

 

生き物のために生きたら、彼らが応えてくれた

 

アファンの森は、どのように整備され、変化してきたのか。アファンの森で20年間、森と向き合い続けてきた石井さんに、これまでの歩みを教えていただきました。地道に長い年月をかけて森に手を入れ続けたアファンの森の、現在の様子も伺います。

 

石井

40年前、まずは藪や笹、ツルなどを切って見晴らしを良くしていくところから始まりました。将来性のない樹木は伐採し、有用木が成長していく環境を整えます。基本は明るくなったことにより生えてくる実生を育てますが、こちらの期待する樹種が少なかったり明らかに数が足りない場合は、積極的に植林もしています。アファンの森には、広葉樹の人工林エリアもあるんです。

 

見晴らしが良くなった森には風が通り、光が差し込むことでさまざまな植物が生えてきました。花や実をつけるもの、なかには絶滅危惧種が出てくることもあります。そういったものは選び残しながら、草刈りを続けていく。このやり方も、アファンの森が多様だと言われる理由かもしれません。伐った木は、炭焼きやきのこ栽培で活用しました。

 

 

ニコルは最初から、さまざまな生き物のため——生物多様性を心から考えて森づくりをしてきました。そうしたら、森の住民たちが応えてくれるようになったんです。

 

森が明るくなるにつれ、様々な植物や生きものたちが姿を見せてくれるようになりました。

季節ごとに多様な花が咲き、そこには昆虫がやってきます。それらを補植する小動物、さらにはタカやフクロウといった猛禽類や肉食の哺乳類。ツキノワグマに出会うこともあります。

 

  

アファンの森では、基本方針として「生物の多様性・生産性・生きものたちの共生」の3つを掲げてきました。多くの生き物が住める環境でありながら、木材だけではなく森からいろいろな恩恵を受けられる森づくり。その多様性と生産性のバランスをうまく取りながら、人がどういう関わり方をするのがいいのかを考え続けています。

 

どう生きたいのか、それが森へと繋がっていく

 

最後に、今回のテーマに含まれる「森と地域」についても伺いました。森の自然は、そこで実際に活動する人たちだけではなく、多くの人や地域を巻き込みながら再生されていきます。

 

森田

アファンの森がある冨が原という地域のみなさんにお会いした際、「アファンの森は、俺たちの宝だから」と言ってくださったのが本当に嬉しくて。私たちの活動が自然だけでなく、地域も良くするために在れたらと思っています。地域に愛されるアファンの森になろうと思って頑張っています。

 

石井

そうですね。特に最近、“継続”って大事だなと思っているんです。アファンの森を始めてから40年近くになりますが、最初から応援されていたわけではありません。地元の人からは「あんなひどい森を手入れしてどうするのか」「きれいにして別荘地として売るのでは」と言われることもあったと言います。でも、当時からずっと信念を持って、100年後の森を目指してきたら、多くの個人や企業が応援してくれるようになりました。

 

冒頭の話に出た、CO2削減やSDGsなどの環境問題への取り組みは、流行のように捉えられる風潮があります。そうではなくて、自分たちが森をどうしたいのか、どう生きたいのか。そういう日常の考えが環境問題に繋がっていくと思いますし、それがやがては森にも繋がっていきます。

 

今回、東京で話す機会を作っていただいて非常にありがたく思っているんですけど、やっぱりこういう話って“森”でしなきゃだめですよね(笑)。みなさんの心に入ってくるものも違うし、五感を使って感じることが大事。ですから、みなさん、次は森でお会いしましょう。

 

 

森田

今はアファンの森をサポートしてくださる企業や個人の方が東京にもたくさんいらっしゃいます。自分たちの生活があるなかで、全員が森の手入れができるわけではないけれど、その代わりに私たちを応援してくださっている。その応援を胸に、私たちもがんばりますから、みなさんも東京でがんばってください。そして、東京での生活が寂しくて疲れちゃったときには、ふと森のことを思い出して、ぜひアファンの森に遊びに来てください。

 

プロフィール

一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団 理事長 森田いづみさん

1984年にテレビ番組制作およびタレントのマネージメントを手がける株式会社サンオフィスに入社。C.W.ニコルを担当しマネージメント業務やテレビ番組の企画などを行う。同氏と一緒に北極やアフリカなどでキャンプ生活を経験。またバブル時代、開発工事による自然破壊の深刻さを憂いて環境保護活動へ積極的に参加する。1986年より長野県の黒姫山麓で森林再生(アファンの森つくり)をスタート。2002年、森を永遠に残すために一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団を設立。2020年一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団の理事長に就任。

 

“森の番人” 石井敦司

1967年神奈川県生まれ。一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団森林再生部森林整備担当。通称「森の番人」。自然が好きで田舎暮らしにあこがれ、1997年、長野県信濃町黒姫に妻と移住。2001年にアファンの森に事務スタッフとして入職。2006年から初代森の番人の松木氏の後継者として森の整備・管理の仕事に従事。2012年から責任者として森の管理を行う。現在は妻と息子と長野県黒姫に暮らしている。

 

<一般財団法人CWニコル・アファンの森財団とは>

作家で自然保護活動家のC.W.ニコル氏が1986年に長野県信濃町の荒廃した里山を購入し、森の再生を始めたことに端を発する団体です。2002年に設立され、現在も「100年後の未来のために、生物多様性豊かな森を広げること」を使命に活動を続けています。森は絶滅危惧種が65種棲息するまでに回復しています。また、その森を使ってさまざまな背景を抱えた子供たちの心を元気にする事業や環境教育、人材育成などにも取り組んでいます。

https://afan.or.jp/

前編はこちら

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