
ミツバチが花々を飛んで、命を繋いでいくように、対談者同士が交わり合い知見や意識を共有し、新たな可能性を模索する対談企画「対談8」。今回は、一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団から、理事長の森田いづみさんと“森の番人”石井敦司さんをゲストに迎え、「ー多様性は可能性ー交わる森・地域・人」をテーマに対談を行いました。
2025年6月13日、第3回目となるトーク&交流会イベントが開催されました。今回のテーマは「ー多様性は可能性ー交わる森・地域・人」。
長野県信濃町の荒廃した里山を、生物多様性溢れる森へと再生し続ける一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団(以下、アファンの森)から、理事長の森田いづみさんと“森の番人”石井敦司さんを、ゲストにお迎えしました。
前編では、アファンの森の現在へとつながる歩みをアニメーションとトークで振り返りながら、地球が抱える問題や里山の役割について伺います。森や里山が、私たちの暮らしとどう繋がっているのか。東京の真ん中で、長野の自然に思いを馳せることとなったお二人のトークをお楽しみください。

「アファンの森」は、1986年、作家で自然保護活動家のC.W.ニコルさんが長野県信濃町の荒廃した里山を購入し、森の再生を始めたところから始まっています。ニコルさんが来日したのは、バブル経済の開発によって自然環境が壊されていた40年前。現在のアファンの森に繋がる原点や、環境への思いを込めたオリジナルアニメーションから、対談は始まりました。

森田
私は40年間、ニコルと一緒に働いてきました。彼はいつも「僕は100年後をイメージして森を作っている」と言っていたんです。「100年後なんて見られないじゃない」と私は笑ったんですけれど、彼は「いや、僕は想像できる。想像するほうが楽しいこともあるんだよ」と言っていました。アニメーションだったらニコルに、未来の森を見せてあげられるんじゃないかなと思ったのも、制作理由の一つです。
ニコルは亡くなってしまいましたけれども、今この映像は英語、中国語、韓国語、スペイン語に訳されて、世界中で観られています。ニコルの生まれ故郷であるウェールズの言語にも訳され、今年は現地で開催される日本フェアで上映されることにもなりました。森の成長を描くのに、石井さんを始めとしたスタッフのみなさんにも協力してもらいましたね。
石井
そうですね。森や木々の表現についても、アニメーターの方と細かくディスカッションしました。映像にしてみると、やはり自然を短時間でまとめる難しさを感じましたね。自然のなかでは、もっと複雑な動きや関係性があったり、いろいろなことが隠れているのにって。
森田
次回作を作ることになったら、1時間の長編ですね。

2002年の設立から「100年後の未来のために、生物多様性豊かな森を広げること」を使命に活動を続けているアファンの森。現在は、絶滅危惧種が65種棲息するまでに回復しています。それでも、地球全体で見れば生物多様性の状況はまだまだ過酷なもの。世界全体の動向を見つつ、目の前の自然に向き合うアファンの森の思いを伺います。
森田
この50年で、地球の生き物の数が7割減ったと報告されています。国連も「2030年までに陸上の30%、海の30%を保護区にしなければ、もう地球は元に戻らない(30by30目標)」と必死に言うほど。日本は現在、海のほうは30%ありますが、陸上は21%しか生物の保護区がない状態です。国立公園や自治体の公園では足りないということで、昨年はアファンの森も自然共生サイトとして環境省から認定をされました。

今までの環境貢献の大きな目安は、二酸化炭素(CO2)の排出量でした。現在はヨーロッパを中心に「生物多様性クレジット」の動きが進み、英国では「生物多様性ネットゲイン(BNG)政策」として法案が通りました。これは例えば、企業が工場を作る際に、その負荷の分、またはそれ以上に多様性豊かな森づくりをしたり、環境NGOへの寄付や税金として支払うなどの取り組みです。今は日本でもCO2のみならず、生物多様性を培っていく方法を模索しているところでもあります。

みなさんも日々ニュースでご覧になっていると思いますけれども、気候変動で大変な自然災害が起きていますよね。ニコルも30年ほど前から「スイッチが入ってしまったら戻らないから、今が踏ん張りどころだ」と憂いていたんです。今はもうスイッチが入ってしまい、今後さまざまな災害が増えていくことが心配されています。でも、そうなっても諦めてはいけない、とニコルは言ってました。「必ずいい方向に持っていけるから」と。だから、諦めずにがんばっていきたいと思います、アファンの森も。
地域の自然資源の持続可能な管理・利用のための共通理念として作られた「SATOYAMAイニシアティブ」も、環境問題への対策のひとつ。アファンの森も、自然と人の暮らしを繋ぐ存在である里山を再生するところから活動が始まりました。おふたりから見た、里山の現状はどのようなものなのでしょうか。

森田
里山は「人と自然が最も共存できるエコシステム」なんですね。人は、森から焚き木、キノコや山菜などをいただきながら、自然がいい状態でいられるように手を入れていく。日本の絶滅危惧種の55%は、里山と里地にいることがわかっています。人間と自然のバランスのとれた里山の環境は、本来「人間が自然と約束したこと」。それを、今は一方的に人間が捨ててしまっているんだと思います。
石井
集落近くの雑木林を指す「里山」は、本当に人々の生活には欠かせないところでした。一方で、人が定期的に木を伐ったりすることが、多様な環境を生むことにも繋がり、生き物たちにとってもいい場所になっていたんですね。
また、ちゃんと人の手が入った明るい林には、動物は隠れる場所がないためにあまり近づきません。以前は里山を抜けて畑まで来ることはほとんどなく、ある種の緩衝帯の役割もになっていました。過疎や高齢化の前の山村の集落は、そういった動物たちを追い返す力もありましたし。

森田
冒頭のアニメにも出てきた地元の男性は「若いときは、熊なんか見たことなかった」と言いますね。「熊は奥山で生活するもので、山の下まで降りてこなかった」って。
石井
信濃町の隣町にある飯綱山では、1980年くらいまでは熊の目撃例は山の中腹でしかなかったそうです。その後だんだんと下ってくるようになり、今では果樹園や長野駅にまで熊が出るようなことが、実際に起こっています。
里山の状態や地球環境の変化をひしひしと感じながら、森づくりをしてきたアファンの森。後編では、里山の新たな活用方法や、実際にアファンの森でどのような変化が起きているのかを伺っていきます。


プロフィール
一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団 理事長 森田いづみさん
1984年にテレビ番組制作およびタレントのマネージメントを手がける株式会社サンオフィスに入社。C.W.ニコルを担当しマネージメント業務やテレビ番組の企画などを行う。同氏と一緒に北極やアフリカなどでキャンプ生活を経験。またバブル時代、開発工事による自然破壊の深刻さを憂いて環境保護活動へ積極的に参加する。1986年より長野県の黒姫山麓で森林再生(アファンの森つくり)をスタート。2002年、森を永遠に残すために一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団を設立。2020年一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団の理事長に就任。
“森の番人” 石井敦司
1967年神奈川県生まれ。一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団森林再生部森林整備担当。通称「森の番人」。自然が好きで田舎暮らしにあこがれ、1997年、長野県信濃町黒姫に妻と移住。2001年にアファンの森に事務スタッフとして入職。2006年から初代森の番人の松木氏の後継者として森の整備・管理の仕事に従事。2012年から責任者として森の管理を行う。現在は妻と息子と長野県黒姫に暮らしている。
<一般財団法人CWニコル・アファンの森財団とは>
作家で自然保護活動家のC.W.ニコル氏が1986年に長野県信濃町の荒廃した里山を購入し、森の再生を始めたことに端を発する団体です。2002年に設立され、現在も「100年後の未来のために、生物多様性豊かな森を広げること」を使命に活動を続けています。森は絶滅危惧種が65種棲息するまでに回復しています。また、その森を使ってさまざまな背景を抱えた子供たちの心を元気にする事業や環境教育、人材育成などにも取り組んでいます。
後編はこちら
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