
持続的な成長のために企業が社会的責任を果たすことの重要性が増しています。「ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)経営」への関心の高まりも、その現れの一つと言えるでしょう。ですが、この考え方が提唱される以前から社会的活動と経済的活動、それらを両立してきた企業は少なくありません。名称がつく前から連綿と行われ、老舗のように続いているESG。この連載ではそんな「老舗ノESG」を取り上げ、取り組んできた企業の精神性と未来に向けたアクションをご紹介します。
日本の伝統工芸の一つ「尾張七宝」。七宝は金属の素地にガラス質の釉薬を付けて模様を施す技術のこと。中でも尾張七宝は、輝きの美しさ、豊かな色彩、緻密な細工で多くの人を魅了してきた。愛知県を代表する伝統工芸品の一つだ。明治13年(1880年)から約150年続く老舗企業の株式会社 安藤七宝店(以下、安藤七宝店) 代表取締役社長の安藤重幸氏に、企業として、また文化の担い手・守り手として、環境・社会に対してどのように取り組まれているのか。そして技術の継承のための人材へのお取り組みについて、お話を伺った。
安藤七宝店の過去を知ると、市場の変化に対して一企業としてだけでなく、尾張七宝を代表するものとして、積極的に海外市場への進出・組織の近代化など新たな施策を打ち出して発展してきたことがわかる。
七宝の製作工程は分業制である。それぞれの工程を職人が専門で行うのだが、ほとんどが一子相伝のため、職人の後継者不足により、廃業を余儀なくされることが増えている。そこで安藤七宝店では、各地にあった工場を合併し新工場を設立。この新工場に、各工程の職人を集結させ、若い職人と一緒に作業を行うことで、技術をなくさないための環境を構築した。この決断に抵抗がなかった訳ではないと安藤氏は話す。

廃業を検討するのは後継者不足に加え、経営状況が望ましい状態にないからでもある。それを受け入れるということは、財務上の負担が増えることになるからだ。だが、それでも実行したのはどのような想いがあったからなのだろうか。
「技術がなくなる」というのはもったいないことですよね。これは私個人の考えですが、国を国たらしめているものの一つが文化だと思うんです。七宝はその文化のごく一部かもしれない。けれども私たちはそれを担っている。だからこそなくすことのないように、続けていけるような環境をつくっていかなければならない。
大きな業界ならば、他にもやり方があったのかもしれません。しかしこの業界規模では難しい。お金の話じゃないと思ったから、技術がなくなるよりは、自分たちが引き受け、内製化し、技術を継承していくべきではないかという判断になりました。」
後継者不足への対策は、どの業界でも常に課題になっていると言っても過言ではない。安藤氏も、後継者不足ではないか、と質問されることが多いそうだ。けれども「未来は明るいと思う。」と笑いながら話す。後継者不足ではあるが、七宝づくりを職として選びたいという若手は多いといいう。工場見学に訪れた際に、入社を希望する人もいたほどだ。

若くして七宝の職人になることを希望する彼らの多くが、金工を学ぶなかで七宝と出会い、就職先として、安藤七宝店を希望してくるのだそうだ。
「若い人たちが一緒になって、頑張ってくれているのは嬉しいことです。私としては、彼らが仕事を続けられるようにしなければならない。七宝をつくりたくても、売るものがなければつくることもできない。市場自体が縮小している中で、新しい芽が出るためには、種を蒔かなければならない。今、私の優先事項は、とにかくそれです。」

新入社員が入社すると安藤氏は緊張するという。未来に向けて動き出した彼らに、夢を見てもらえるような会社でいなければならないと身が引き締まる思いにかられるそうだ。ジュエリー製作や、老舗時計メーカーとのタイアップといった新たな取組みの数々。これらは、事業だけでなく、人の可能性も芽吹かせていると言えるのではないのだろうか。
安藤氏が5年前に現在の工場へ移転する際に、特に意識して対策強化に力を入れたのが「排水処理」だ。七宝の場合、釉薬の原材料に、重金属を用いることがある。そのため、研磨や洗浄などの工程で使った水をそのまま捨てることはなく、排水処理が必要になる。

工場の地下には、かなり大掛かりな排水処理設備があり、排水される水に含まれる有害物質は基準値の10分の1以下となるように、常に管理されている。また設備を構築させるだけなく、それを適切に管理・運用できる人材の育成にも力を入れている。特に、危険物の取り扱いに関しては資格取得を推奨し、現時点で数名の資格取得者がいるという。

ここまで力を入れる理由を「環境に対して強い意識を持たなければ、企業としての継続性は絶対にない。」と言い切る。
「とにかく周りの人に迷惑をかけるわけには絶対いけない。もう一度、お伝えしますが、迷惑をおかけするようなことになれば、仕事を続けることなどできない、という思いがありました。環境への対応というのは、損得ではく、継続させるために投資すべきだなと判断したのです。」
この「周りの人」というのは近隣住民のことだけを示すのではない。安藤七宝店で働く従業員も含まれている。働く人たちの健康を考え、集塵機などの設備にもしっかりと投資を行っている。環境への配慮というものは自然環境に対してだけでなく、地域社会・人に対して企業として責任を果たすことなのだと、改めて感じさせられるのではないだろうか。
自分たちのやり方は、ビジネスとして正しい方向性とは逆を向いているかもしれない、と話す安藤氏。
まずは技術を守る。そのために職人の雇用を続け、分業化されていた工程の内製化にも取り組んだ。そして、その技術を時代に合わせて、どのようなかたちにしていくかを試行錯誤している。だから「逆」なのだと。

「今の時代は、良いモノならば売れる、のではなく、そのモノの裏側を知っていただく必要があると感じています。なぜそれがつくられるようになったのか。どのように出来上がったのか。誰がつくったのか。そういうことを知っていただかないと手元に置きたいという気持ちになってもらえない。だからその手前として、まずは私たちがやっていることと技術力を見ていただくことが大切。
完成品だけでは、そういうものかな、と思われておしまいになる。けれども手元を見てもらえば、その細かさ、手間が伝わり、価値を感じてくれる。1人でも良いからそれが伝わるようにし続けていきたいですね。」
守るべきものが「技術」だと安藤氏は言い切るが、技術の継承者を確保することだけが守る方法ではない。なぜ環境リスクヘの配慮をすべきなのか、なぜ社会へ貢献することが必要なのか、なぜガバナンスが重要なのか、それぞれが事業の継続性といかに密接に関連していることを理解し、対応されている。それはものづくりの、もう一つの裏側を見させていただいているようだった。

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