Hachi Medida

銀座とともに、しなやかに - 銀座寿司幸本店 -

メイン画像

持続的な成長のために企業が社会的責任を果たすことの重要性が増しています。「ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)経営」への関心の高まりも、その現れの一つと言えるでしょう。ですが、この考え方が提唱される以前から社会的活動と経済的活動、それらを両立してきた企業は少なくありません。名称がつく前から連綿と行われ、老舗のように続いているESG。この連載ではそんな「老舗ノESG」を取り上げ、取り組んできた企業の精神性と未来に向けたアクションをご紹介します。

 


 

1885年(明治18年)に新橋で創業し、140年にわたって江戸前寿司の伝統を守り続ける「銀座寿司幸本店」(以下、寿司幸)。銀座を中心に三店舗を展開している東京を代表する老舗の一つだ。江戸前寿司の伝統を守りながら、どのようにして時代に適応してきたのか。レジリエンス*の観点を主眼に、4代目店主・杉山 衛氏にお話を伺った。 

※レジリエンス:社会や市場環境の変化によってもたらされるリスクや困難を乗り越え、適応する力

 

目の前のことを、一つずつ 

銀座という厳しい競争環境の街にありながら、明治・大正・昭和・平成・令和と時代が移り変わっても多くの人に愛されている寿司幸だが、杉山氏は代々、『こうあらねばならない』というような決まりがあったわけではない、と明言する。

 

「140年続いている中で「こうあらねばならない」というような、どこかに書いてあるような綺麗事では全くありません。頭の中はいつも目の前のことに集中しています。今日、来週、1ヶ月後、1年後もこの店があるように、従業員が働けるようにするために、どのようにすれば良いのか。お金の苦労、人材や仕入れの課題、お客様との関係、変化への対応など、いろいろな問題を一つ一つ解決してきて今があります。」

 

と、目の前のことと向き合って困難を乗り切ってきただけだと話すが、それを表すエピソードの一つが「寿司とワインのペアリング」だ。今でこそ多くの寿司店で行われていることだが、寿司幸は1990年代から取り入れ、これまでのビールや日本酒だけでなく、寿司の新しい楽しみ方を提案することとなった。この先進的な取り組みによって不況に見舞われ、様々な店が苦戦を強いられる中でも、新たな顧客を獲得し、経営を支えることができたのである。

 

この柔軟な発想はどこからもたらされたものなのだろうか。それには人材交流の在り方が影響しているという。寿司業界の枠を超え、様々な業界・業種の方たちと若い頃から交流し、違う世界に触れ続けたこと。そうした環境にいたことが「〜でなければならない」という枠組みに捉われない柔軟性を育む結果となった。異業種交流ネットワークで得られた多種多様な刺激が、図らずも寿司幸のレジリエンスを高めていると言えるのではないだろうか。

 

「変わらないもの」ではなく「変わり続けてきたもの」

 

寿司幸の柔軟な適応力は、気候変動に対しても同様だ。乱獲だけでなく、気候変動による生態系の変化で、水産資源の枯渇は世界的な課題となっている。特に日本近海の漁港では、海藻が減少または消失し、藻場が荒廃してしまう「磯焼け」という現象により、アワビやワカメ、サンマ、イカといった寿司だけでなく、日本の食卓にも欠かせない食材の漁獲量が減少。また稚魚が生育する環境も奪われるため、今後の漁獲量にも影響しかねない状態になっている。

 

しかし、杉山氏はこの危機は、物事の捉え方次第で、なすべきことも変わってくると考えている。

 

「危機ですね。大きな危機です。魚が全くいない。昔からいた魚が獲れず、それまで獲れなかった魚がたくさん獲れるようになってきた。これまでと同じ魚が獲れないという点では、従来と同じ方法で寿司屋を継続するのは困難になってきています。

でも、何を握ったって良いじゃないですか。握り寿司200年の歴史の間にも、握るものはずいぶん変わってきているわけです。ウニやイクラを軍艦巻きにしたのだってそれほど古いことではないし、大トロもそうです。江戸前寿司は「変わらないもの」ではなく、「変わり続けてきたもの」だと思っています。ただ、変えていくには基本が分かっていないといけない。そこはしっかりと守っていく必要があります。」

 

 

実際、寿司幸ではサプライチェーンを独自に開拓し続けている。古くから付き合いのある豊洲市場(築地市場時代からの取引先)を基本としつつ、全国の産地と直接つながるなどして、現在では取引先は魚類だけでも5社以上、地方を入れると10社は超えるという。仕入れのリスクを分散しながらも、新しい食材も試行錯誤しているのだ。杉山氏は「そうやって様々な食材を集めるのが現代の江戸前ですよ。」と笑いながら話す。

 

「ゆとり」を意識した人材育成

 

飲食業界における危機は、食材の調達だけでなく、人材の確保もだ。業界的には慢性的な人手不足に陥っており、その数は7割とも言われている。杉山氏は、経営者としてお金を稼ぐことと同じくらい、寿司職人として、いかにして若い人材を育てていくかが、大きな課題だと認識している。

 

「人材育成は、私のライフワークの一つです。店の規模に対して、従業員が多く、 『これだけの人数がなぜ必要なのか』と尋ねられることもあります。それは、若い従業員たちが、自分が覚えるべき仕事にも時間を割くことができるようにするためです。

 

初めから仕事をさせすぎると、覚えるべきスキルを覚える時間がなくなってしまう。接客ばかりに注力することがないように、人を多く配置することで、一人当たりの負担を減らし、自己成長のための時間を確保できるようにしています。

 

寿司職人に限らず全ての仕事に言えることですが、サービス(対人スキル)と寿司を握る技術は両輪です。どんなに技術が優れた板前でも感じが悪い人よりは、技術は少し落ちるけど、人格的に優しくて気遣いができる板前さんの方が僕は“良し”と思います。サービスも技術も、両方を覚えさせるためには、ある程度余裕を持たせてやらないと、片方しか覚えられないのです。」

 

そのようにして、意識的につくられた「ゆとり」のためか、寿司幸を訪れると、若手も含めて従業員が過度に緊張することなく、威圧的にもならず、適切にコミュニケーションをとりながら、仕事を進めている。伸びやかな雰囲気がとても印象的であった。昨今では「心理的安全性」の重要性が注目されているが、それが体現された職場環境のように感じられた。

 

銀座に対する誇りと守り

 

ESG経営における「Social:社会」に関する活動が着目されるようになる以前から、「老舗ノESG」で取材にご協力いただいた企業の多くが地域に根差した活動を絶やすことなく続けている。寿司幸も同様である。

 

「やはり銀座としてのかっこよさや誇りがあって、周りに迷惑をかけられないぞ、というのはありますね。そう考えている人が他の地域より多いかもしれません。  銀座の朝の8時半から9時になると、ほとんどの場所が綺麗になっています。これが銀座の素晴らしいところで、誇りですね。」

 

日々の清掃活動はもちろんのこと、積極的に町内会やサークルといった地域組織に属し、地域をどのように守り、盛り立てていくかを一丸となって考え、支える。こうした活動によって“銀座”という地域のイメージは、時代が移り変わっても、特別なものであり続けているのだろう。そして、その地域に根付いている寿司幸もまた特別な存在として、多くの人々に愛され続けているのだ。

 

震災や戦争、経済危機といった苦難を乗り越え、140年という歴史を紡いできたが、先達が乗り越えてきた危機から比べれば、自分たちの危機はたいしたことがない気がしてくると穏やかに話す杉山氏。その重みのある言葉の中に、経済危機、気候変動、グローバル化など、昨今の環境変化に対しても、適応する寿司幸のレジリエンスの真髄を垣間見たような気がした。

前回の記事

writer | 

8 編集室

Hachi Medida