Hachi Medida

前橋とサウナはととのう

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ー 天球観測のはじめかた ー     

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.7は前橋を訪れ市民や民間によるボトムアップ・アジャイル型のまちづくりを見て回って感じたこととは。


前橋を訪れた。美術館「アーツ前橋」が2013年に開館したのを皮切りに、このまちを地元とするJINSの創業者 田中仁の推進によって、和菓子屋、ホテル、公衆トイレ、アートギャラリー……と次々に有名建築家が設計し、まちにクリエイティブが点在するようになった。あたりを歩いていても同じように見学してまわるカップルや一眼レフをぶら下げた学生がちらほら見かけられる。「前橋市アーバンデザイン」なるものも策定され、(行政主導のトップダウン型ではなく)市民や民間によるボトムアップ・アジャイル型のまちづくりが、いま、ここでは目指されているのだ。

そのなかでもやはり、「白井屋ホテル」が素晴らしい。まちの中央に位置しコリドーを内包することで前後をつなぎながら、パン屋、カフェ、タルト屋などもあることで観光客から地元の普段使いまで、さまざまな人の交差を生んでいる。1階から4階までの壁を取り払って突き抜けたロビーや、内外構の質感を統一することで生まれる空間の拡張性は、このホテルのクリエイティビティがまちへと滲み出し、先の和菓子屋や美術館へと至るようでもある。ベビーカーを押した主婦からアートに一家言ありそうなビジネスマンまで、いろいろな人がこのクリエイティビティのなかで営みを共在させていた。

その証左に、「白井屋ホテル」1階のダイニングには多様な人が集う。オープンキッチンを囲むコの字形のカウンターに座ると、料理をつくるシェフやスタッフも含め、その営みが見渡せる。角のひとつには、会話から察するに前橋で起業して成功した30代ぐらいの男性と、その後輩と思わしき青年2名。この起業家はやんちゃにビッグマウスを放ちながら、成功談を2人に語っていた。その横には、親子と思われる女性2人。少し慣れないそわそわとした面持ちで、サーブされてくる料理をちょこんと食べていた。ぼくの向かいの角にはビジネスの会食と思われる、初老の男性と女性2人。行政の視察だろうか、男性は着慣れたねずみ色のスーツ、女性は就職面接で着そうな黒のタイトスーツと白シャツ。3人の硬い服装と雰囲気が、この場所に馴染まなくて可愛げを感じさせた。吹き抜けの空間にレアンドロ・エルリッヒの縦横に走る光の作品、シェフにソムリエ、つくられサーブされ食されるオープンキッチン、やんちゃな起業家におぼつかない親子、ねずみ色のビジネスマン……この場所がつくられたことで、本当に色々な営みが集まり、経済的なことに留まらない多様なものさしにおいてまちが活性化している。

食後、ホテルの屋上にあるサフィンランドサウナに入った。アート浴用の部屋の中には宮島達男《LIFE(Corps sans Organes)》シリーズの作品が常設されていて、大の字で横になると壁に掛けられた数字の明滅に囲まれる。そっと伏せた瞼に明かりの明滅をあたたかく感じる。

宮島達男《LIFE(Corps sans Organes)》シリーズ 外観 ©Shinya Kigure

宮島達男《LIFE(Corps sans Organes)》シリーズ 内観 ©Shinya Kigure

外に出るとそこは前橋の中心街。湯気を立たせながら、賑わう居酒屋やスナックを裸で見下ろせば、心持ちまでもが蒸気してくる。楽しそうに笑う千鳥足と、その脇をそろそろと動く車のエンジン音。レトロなネオンや車に点るブレーキランプは、宮島の作品がまちに飛び出したかのようにも見える。

 

広井良典は著書『コミュニティを問いなおす』のなかで、社会は産業化・情報化が進みグローバルに発展をしたのち、成熟化と定常化によってローカルへの着地がされていく、と述べている。そしてその成熟を実現するのが(物質や情報の成長ではなく)福祉や文化といった空間的な現在充足だということだ。

前橋の事例では、アーツ前橋やまえばしガレリアといった文化施設をつくるのみでなく、商店や公共トイレ、ホテルといった都市機能に芸術をまとわせることによってまちに文化を点在させ、実生活の成熟化が試みられている。結果、やわらかな交差が多く生まれているのだろう。

その事実は狭義の「まちづくり」からまちを解き放ち、多様な意義を生む。量や質による成熟はベクトルが一方向に伸びるので、“もっと”を人に求めさせる。そこに終わりがない。だが、この即興的に柔軟につくられる、厳密に言えば“まちづくられ”のようなものは、ちがう。如何様にもつながり解釈され得るレジリエンスこそが目指されている。

天球観測によって知覚が拡張していく感覚を、ととのいじんわりと脳が溶けていくサウナに、そして芸術が点在し成熟していく前橋に重ねられたのは、ぼくだけではないだろう。

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田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 特別招聘准教授。アートの企画・編集・コンサルティング/2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わる。

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