
気候変動、資源循環、サステナブル製品、環境表示など広範囲に渡るEUの環境規制。ともすれば無機質で難解なものに捉えられてしまうことも。けれどもEUの環境規制が世界的に影響することは少なくありません。今のEUを知ることで日本企業の未来を予想する。この連載では、その手がかりとして2020年から2024年までの「欧州グリーンディール」を取り上げます。
欧州グリーンディール発表後、エネルギー危機や経済安全保障まで、5年間のEUの動きは流動的でした。その流れを象徴していたのが、ブリュッセルの欧州委員会の本部があるビル「ベルレモン(Berlaymont)」に掲げられていた巨大なバナーです。
ドイツに駐在していた頃、ブリュッセルへ出張に行くたびに、ベルレモンの前を車で通る際にバナーが変わっていないかどうか注目していました。
どのようなバナーが掲げられていたのか、以下に紹介いたします。
以下の写真①に示すように、欧州委員会のフォンデアライエン委員長が新たに就任し、欧州グリーンディールが発表された直後の2019年末のバナーです。この言葉には、EUが環境政策を成長戦略に昇華させようとする意志と、期待感が表れていたように思います。
そして、2020年にコロナ危機が深刻化すると、バナーが切り替わりました。写真②のように、最初のバナーはダークトーンの背景に静かな決意がにじむデザインで、パンデミック直後の不安な空気も描いたように思います。

【写真の出展】Pinterest・欧州委員会アカウント
その後しばらくして写真③のように同じ「NextGenerationEU」という言葉でも、明るく前を向く女性の姿が描かれたバナーに変わりました。こちらは、経済復興と未来志向を象徴するデザインで、「コロナから回復し、前に進もうとするEU」のエネルギーを表しているように思います。
そして写真④のように、2022年秋には「REPowerEU」となりました。ロシアによるウクライナ侵攻と、それに伴うエネルギー危機に直面したEUが、「一丸となって危機に立ち向かう」というメッセージを打ち出したのだと思います。

【写真の出展】Pinterest・欧州委員会アカウント
車窓から何気なく目にしていた欧州委員会のバナーが、今振り返れば欧州グリーンディールの方向性「環境と成長戦略 → コロナ危機対応 → エネルギー危機対応」という大きな流れを示していたのだと思います。こうした視覚的なメッセージにも、EUの5年間の葛藤と意志が静かに刻まれていたのかもしれません。
このバナーの変遷からもわかるように、2020年からの5年間のEUの動きは、「欧州グリーンディール=環境規制の話」という単純な理解だけでは成立しなくなっております。
さて、前回は主に2020年~2022年の間に起こった主な出来事とEUの対応について紹介しました。今回は2023年の出来事を紹介していきます。
2023年6月に欧州委員会が「経済安全保障戦略」を発表しました。この文書では、中国という国名こそ明示されていないものの、内容の多くは明らかに中国依存リスクへの対応を意識しております。思い起こせば、「デリスキング」という言葉が2023年5月のG7でも挙がっておりました。「デリスキリング」は、中国の経済や市場などを切り離していく「デカップリング」とは異なり、リスク低減を図りつつ中国との経済関係を維持していくことです。
加えて、2023年9月のフォン・デア・ライエン欧州委員長による「一般教書演説」では、欧州グリーンディールは環境とともに、産業保護や安全保障の重要性が語られた印象を受けました。
特に中国政府のEVへの補助金や太陽光産業への影響に言及しつつ、中国製EVへの反補助金調査、つまり補助金漬けの製品のEUへの輸入品は関税をかけるなどの対応をすることです。この背景には、太陽光パネル、半導体、電気自動車、原材料など、多くが中国やEU域外に依存する状態にありました。そこで、EUは「戦略的自律性(Strategic Autonomy)」を確保すべきという論調もこの頃によく登場しました。

欧州委員会のプレスリリース「フォン・デア・ライエン委員長による2023年一般教書演説」2023/9/13 より
上記の動向をうけ、2023年から2024年前半にかけては、EUでの経済安全保障に対する方針や規制案も次々に打ち出されました。以下に代表的なものを簡単に紹介します。
「重要原材料法(Critical Raw Materials Act)」
2023年3月に発表。レアアースなど、欧州グリーンディールの推進や半導体・デジタル領域などの重要領域に不可欠な重要原材料(CRM)を指定し、EU域内での採掘・加工・リサイクル・供給多様化などの目標を設定しました。
2023年7月より適用。外国政府からの補助金を得た企業にEUの市場が歪曲されることを防止する目的です。EU企業のM&Aなどを行う外国企業に対して、欧州委員会への届出や審査を義務化しました。
2024年1月に改正案発表。EU域外からの株式取得、現地法人や工場の設立などの直接投資(FDI)をスクリーニングすべく、EU政府間で情報共有・審査する内容を定めるものです。
これらの他にも沢山あるので紹介しきれませんが、EUが行おうとしている経済安全保障の中身は、大きく分けて以下の4パターンがあると思えば理解しやすいです。
(パターン1)EU域内の強化
EUの重要産業育成に関する産業支援策や、上記で紹介した「重要原材料法」など
(パターン2)EU域内への流入阻止
EUの通信インフラから特定企業を排除する規制や、上記で紹介した「外国補助金規則(FSR)」、「対内直接投資審査規則の改正」など
(パターン3)EU域外への流出阻止
デュアルユース品と呼ばれる、半導体、AIなどの、民間・軍事の両目的に使用できる技術への輸出規則など
(パターン4)海外との協力
「グローバルゲートウェイ」と呼ばれるアフリカのインフラなどへの投資スキームや、日本との重要原材料の連携など
次回は、今回に引き続いて2024年の出来事を中心に振り返りを行いたいと思います。
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writer |
米久保 秀明

2005年に東京大学大学院修了。キヤノン株式会社入社後、レーザービームプリンタの製品開発に14年間従事。その後、旭化成株式会社で資源循環に関するプロジェクトに従事し後に、ドイツに駐在。4年弱の間、欧州におけるサステナビリティ全般の動向調査に携わる。うち2年間は、ブリュッセルのNPO法人であるJBCE(在欧日系ビジネス協議会)にて、気候変動ワーキンググループ担当の事務局員を兼務。2025年4月より、プラスチック資源循環を推進するスタートアップ、株式会社esaに参画。
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