Hachi Medida

シミュレーションを超えるための風景探索

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ー 天球観測のはじめかた ー  

大きくやわらかく世界を知覚することで、人間中心主義の現代社会を脱しおおらかに生きることを編み直せないだろうか。多視点、非人間、プラネタリー……社会の見え方を揺らす現代アートとともに、世界認識の体系化を試みる連載コラム。

vol.18では3D CADを用いたシミュレーションがアーティストやキュレーターにもたらした変化について考えます。


かつて、彫刻家が石を穿つとき、そこには取り返しのつかない“一回性”の恐怖と悦びが同居していた。ノミを打ち込む角度を一度誤れば、石のなかに眠るはずだった形は永遠に失われる──その緊張感は、自然という自分よりも遥かに巨大で、制御不能な物質に対峙する際の作法でもあった。

たまたまかもしれないし、傾向というほど大きなものではないかもしれない。けどそれでも確かにあるな、と思うこと。アーティストと作品をつくっていて、CADソフト(モニター上で立体物の3Dシミュレーションを行うソフト)を用いてシミュレーションをする人が増えている。そこでは重力も摩擦も、素材の希少性も、すべてがデジタルな数値へと置換され、彼らは打合せで議論をしながら、いろんな角度から見え方を検証したり作品の形を試行したりを、その場で器用に行っていく。

たとえば、中澤希公の展示プロジェクト(vol.16参照)で空間デザイナーとして協働した紀平陸は、展示空間における作品の広がりを構築していくにあたり、展示プランのシミュレーションを様々なアングルから検証し、その精度を上げていった。ランドスケープを構築しようとする作家の意図を実現するのに、彼の功績は大きい。

空間デザイナー・紀平陸による「昨日、巡り合おうとしなくても」展のシミュレーション

またあるいは、ある都市公園のアートプロジェクトでキュレーションしたアートユニット「LINC」の一員としてインタラクティブで複雑な機構から展示プランに至るまでをシミュレーションした灘龍多は、表現性はもちろん安全性や耐久性など様々な角度からの検証を行なった。

LINCの作品《まちくるり》のために行なった灘龍多のシミュレーション

3D CADによるシミュレーションは試行錯誤のコストを限りなくゼロに近づける。極端な色彩の変更、重力を無視した形態の歪曲、質感の反転。かつて数ヶ月を要した“検討”は、数クリックの“シミュレーション”へと短縮される。アーティストは素材を無駄にする(コストと工数の)リスクから解放され、直感のスピードで思考を形にできるようになった。いわば、脳内のイメージがそのまま網膜に投影されるような、思考の可視化である。作品制作におけるその価値は計り知れない。

作家の頭の中にあったもの、あるいは抽象的なスケッチだったものが精度の高い図面となれば、キュレーターやインストーラーはもちろん、ときにエンジニアや設計士、スポンサーといった多彩なバックグラウンドを持つ人たちと作品制作を共同で行うことも可能になる。画面の真ん中に作品の図面を置き、マウスでアングルやバリエーションを試しながら、プロジェクトメンバーと共有し、議論を詰めていく。アーティストは、まだ見たことのないもの(作品)を可視化し、その実現のために必要なスキルをチームビルディングしていくという点では、“孤高”なクリエイターからオーケストラのコンダクターのような役割にもなっていくだろう。

このとき、キュレーターの役割もまた変わっていくことを感じている。試行錯誤を高度に繰り返し“理想”へと突き進んでいく“シミュレーション”に対し、それを展示として実現することとは別のことになる。予算とスケジュールの精査や、安全性や法規制への目配せ、多彩になり複雑化していくチームメンバーたちとの調整といった俯瞰的な結節点(ハブ)としての機能が求められる。

一方で、そうして作品ができあがっていく前に私たちは立ち止まる必要がある。私たちがモニターと睨めっこしている“シミュレーション”に、作品の実物を目の当たりにしたときの質量感(vol.17 エッセイとアートにまつわるMATERIALITY 参照)や鮮やかな色彩感、そして“畏怖”にも似たあの感覚は含まれているのだろうか。作品鑑賞だけでなく作品制作もまた、言語化や論理のなかに収まっていないだろうか。

モニター上のシミュレーションは、あくまで設計上の図面であるため当然ながら実物とは異なる。モニターを見ながら、私たちは何もない空間に作品が立ち上がっていく姿を想像してみる。そこにできあがるだろう“物”だけでなく、アウラ──“畏怖”もまた立ち上げることができるだろうか?その作品は言語化できない何かを訴える力を持ちうるだろうか。モニター上では決してシミュレーションできない何かを力強く想像することは、人に委ねられた最後の仕事だ。メンバーのそれぞれが長年をかけて様々なアート作品に触れ育んできた美観をもとに、見えているもの(シミュレーション)の奥にある見えないもの(アウラ)を逆算し、シミュレーションという仮説を超えざるものに手を加えていく。

その感じ取る力に、天球観測にも似た不可視を知覚する技術が伴っている。非言語的かつ超現実的な経験を積み重ね、その知覚や美意識をふくよかにしていくことが、バイナリーなシミュレーションの制作風景を更新するヒントになるのだと思う。

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writer | 

田尾 圭一郎

「田尾企画 編集室」代表、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 特別招聘准教授。アートの企画・編集・コンサルティング/2006年、国際基督教大学卒業。博報堂を経たのち、美術出版社「美術手帖」ユニットにて企業や自治体とのアートプロジェクトの企画、地域芸術祭の広報支援、雑誌・書籍の編集、展示企画などに携わる。

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