
気候変動、資源循環、サステナブル製品、環境表示など広範囲に渡るEUの環境規制。ともすれば無機質で難解なものに捉えられてしまうことも。けれどもEUの環境規制が世界的に影響することは少なくありません。今のEUを知ることで日本企業の未来を予想する。この連載では、その手がかりとして2020年から2024年までの「欧州グリーンディール」を取り上げます。
前々回と前回の体験談に続き、今回も欧州人と気候変動の関係について、私が実体験で感じたことを述べたいと思います。
欧州の駐在員の楽しみの一つは旅行かと思います。長期休みの前になると、同僚との会話の多くは、「休み中には家族と〇〇へ旅行に行く」、というような話題が飛び交います。中にはワイン愛好家の方もいらっしゃって、旅行で欧州現地のワイナリーを訪ねる方もいらっしゃいました。
近年は、イギリス南部でスパークリングワインの生産が盛り上がっているという話を聞きます。元々は気候的に冷涼でブドウ栽培には不向きだった地域が、今では地球温暖化の影響で生産適地となっているようです。フランス・シャンパーニュの「テタンジェ」が、イギリス・ケント州にワイナリーを設立したという話もあります。
フランスのボルドー地方もワインの名産地です。ボルドー地方は、以下の図のように、ガロンヌ川とドルドーニュ川、そしてそれらが合流するジロンド川によって、左岸(Left Bank、ガロンヌ川の左側)と右岸(Right Bank、ドルドーニュ川の右側)に分類されます。

【図の出展】”Left Bank vs. Right Bank in Bordeaux: What’s the Difference?” Wine Enthusiast
この左岸と右岸では土壌の性質が異なり、左岸では石灰岩を主体とし、その上に砂利層が重なっています。一方、右岸は粘土質で保水性が高い土壌です。そのため、左岸と右岸で最適なブドウ品種が異なり、左岸ではカベルネ・ソーヴィニヨン、右岸ではメルローを主体としたワインが有名です。
私は欧州駐在中に、ボルドーの左岸と右岸のワイナリーの何か所かを1日で回る弾丸バスツアーに参加しました。ワイナリーで試飲すると、確かに左岸と右岸のワインでは明確に味の違いがありました。
以下の写真は左岸を代表するシャトーの一つ、マルゴーの近くで撮影したブドウ畑です。このような広々としたのどかな光景がボルドーには至る所で見られました。

一方、これらボルドーワインの生産も気候変動の影響を受けております。左岸と右岸それぞれで、訪問したワイナリーの方のお話を聞くと、全体的には左岸より右岸の方が影響は大きいように聞こえました。
左岸の主役であるカベルネ・ソーヴィニヨンは温度耐性が強いのに対して、右岸の主役であるメルローは温暖化で糖度が過剰になり風味が懸念されるようです。また、気候変動の影響度合いはブドウ品種だけの単純な話ではなく、土壌の性質も影響するようで、右岸のサンテミリオンという地域では粘土質土壌なので保水性が高く、干ばつに耐えやすいようです。
このように、欧州においては、気候変動の話題に関して注意して過ごしていると、欧州人の感じている気候変動の課題感について知ることができます。例えば、他に欧州人の同僚からは、雪不足によるスイスのスキー産業へのネガティブな影響を聞きました。
さて、前回は欧州グリーンディールの気候目標を実現するための具体的な環境規制群である「Fit for 55」の半分まで解説いたしました。今回は、残りの半分を解説していきます。その前に、前回にもお見せした「Fit for 55」のカバー範囲を示す図をもう一度載せておきます。

今回は前回と同様に、残りの環境規制の概要について網羅的に触れるとともに、一次情報である原文へのリンクも貼り付けておきます。今回は、(3)炭素価格と、(4)EU政府や加盟国政府に関係する環境規制を紹介します。
「EU排出量取引制度」通称:EU-ETS
「ETS」という用語は環境関連の記事などでよく見かけます。これは、「Emissions Trading System」の略語であり、「排出量取引」を意味する一般用語で、温室効果ガス(GHG)の排出に価格を付ける「カーボンプライシング」の代表的な仕組みです。
「ETS」では以下の図のように、①排出枠の割当を企業に行い、市場で②排出枠の取引を可能にすることで、経済的インセンティブによる企業のGHG削減を促します。日本では、経産省主導で「GX-ETS」と呼ばれる制度が、まずは企業の自主的な取り組みとして始まり出しており、2026年からは本格的に制度開始されようとしております。

一方で、EUのETS制度は歴史が長く、2005年から始まっており、ルールを改正しながら運用されてきました。今回の「Fit for 55」による改正で、第4フェーズと呼ばれる段階に入りました。これまでの「EU-ETS」の変遷とその内容に関して知りたい方は、以下の資料が最も良くまとまっておりお勧めします。
「IGES 欧州連合域内排出量取引制度の解説 2019年3月」
「EU-ETS」の第4フェーズに向けた改正では、GHG排出量の削減を更に推進することや、航空・海運業界への全面導入、無料排出枠の段階的廃止など対象や制度の厳格化を進めました。さらに「EU ETS II」と呼ばれる制度を導入して、建物・道路輸送を対象とした新たな排出量取引制度も導入されました。
「国境炭素調整措置」 通称:CBAM
いわゆる国境炭素税のことです。2023年10月から移行期間を開始しました。移行期間とは所謂お試しの期間のようなもので、輸入業者は報告義務だけを負い、実際の課税はされません。
EU域外からEU域内へ輸入される鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、電気、水素、および一部の川下製品(ネジやボルト等、同様の鉄鋼製品)のGHG排出量に応じて課税する新しい試みです。当初の規制内容では、2026年1月から実際の課税も行う本格適用が予定されておりました。
その後、2025年2月末には規制緩和策が欧州委員会から出されました。CBAMの免除対象の拡大(EU域内への製品輸入が年間50トンまでなら免除)や課税の1年延期(つまり、2027年から)を行う「CBAM簡素化案」が出ました。また、2026年にはCBAM対象の範囲拡大(化学品やプラスチックなど)の細則案の発表を検討しているようです。
「エネルギー課税指令改正」通称:ETD
燃料や電力への課税に関してはEUの加盟国が決めますが、最低水準を定めたEUの法律です。改正案ではバイオ燃料やグリーン水素、合成燃料などの再生可能エネルギーへの税制を優遇する狙いがあります。
「代替燃料インフラ規則改正」通称:AFIR
道路輸送・航空・海運において化石燃料からの代替燃料化を促進するために、充電インフラや水素インフラの普及を加盟国に義務付ける内容です。
「欧州横断輸送ネットワーク (TEN-T)」に60km毎の充電ステーションの設置、200km毎の水素ステーションの設置をEU加盟国に義務付けます。
これらステーション建設の進行度は、欧州委員会のデータベースで見ることができます。以下の図中で、赤線で記載しているのが欧州横断輸送ネットワーク (TEN-T)の幹線道路を示しており、小さな青点が幹線道路に沿った充電ステーション、水色の点が水素ステーションを表しております。
このように地図で見ると、特に水素ステーションの数はEU各国で格差があることがわかります。オランダ、ドイツ、スイスは既に多くのステーションがある一方で、東欧や南欧の多くの地域ではまだ充分に設置されておりません。

「加盟国の努力共有規則改正」通称:ESR
前述の「EU-ETS改正」と後述の「土地利用等の規則改正」で規制対象となっていない産業(農業、建物、廃棄物処理などの産業)は、EU域内排出量の60%近くを占めます。これらを対象にEU全体として2030年のGHG削減目標を2005年比で40%に定め、EU加盟国に目標値を割り当てました。
「省エネルギー指令」通称:EED
EUではエネルギー政策推進において「Energy Efficiency First(エネルギー効率第一)の原則」というのがあり、省エネルギー化を重視しております。この環境規制は、2030年の各EU加盟国のエネルギー削減目標を規定するものです。
「気候変動対策社会基金」通称:SCF
住宅・建築物の暖房、および輸送用燃料などのエネルギーコスト上昇が起きることが懸念されており、この基金は脆弱な消費者や中小企業などを支援するために設立されました。
「土地利用等の規則改正」
EU加盟国に対しLULUCFセクター(土地や森林を転換、利用、管理する活動)の拘束力あるCO2削減目標を設定するものです。EU全体としては、2030年のGHG削除量をCO2換算で310百万tonとする目標を設定しました。
前回と今回の2回に渡って、「Fit for 55」の15本の環境規制について解説しました。実はこれら以外にも、重要な気候変動・エネルギー関連の環境規制が欧州グリーンディールには存在します。次回はそれらの環境規制について紹介いたします。
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writer |
米久保 秀明

2005年に東京大学大学院修了。キヤノン株式会社入社後、レーザービームプリンタの製品開発に14年間従事。その後、旭化成株式会社で資源循環に関するプロジェクトに従事し後に、ドイツに駐在。4年弱の間、欧州におけるサステナビリティ全般の動向調査に携わる。うち2年間は、ブリュッセルのNPO法人であるJBCE(在欧日系ビジネス協議会)にて、気候変動ワーキンググループ担当の事務局員を兼務。2025年4月より、プラスチック資源循環を推進するスタートアップ、株式会社esaに参画。
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