
気候変動、資源循環、サステナブル製品、環境表示など広範囲に渡るEUの環境規制。ともすれば無機質で難解なものに捉えられてしまうことも。けれどもEUの環境規制が世界的に影響することは少なくありません。今のEUを知ることで日本企業の未来を予想する。この連載では、その手がかりとして2020年から2024年までの「欧州グリーンディール」を取り上げます。
第2回、第3回と、欧州グリーンディールの気候目標を達成するための「Fit for 55」の15本の環境規制を全てご紹介しました。「沢山あってウンザリした!」と思われた方がいるかもしれません。
そのお気持ちはよくわかります。私もEUの環境規制は難解だと思います。その要因は、主に以下の3点にあると感じています。
■環境規制の数の多さ
単純にEUの環境規制の数が多すぎるゆえ、どこから手をつけてよいか分からないことがありました。また、自分の関心のあるテーマに関する情報は、複数の環境規制にまたがって存在するため、場合によっては5本以上の環境規制を把握しなければ全体俯瞰が難しいこともあります。
■改正内容や背景の理解
第2回で登場した「再生可能エネルギー指令」や第3回で登場した「EU-ETS」は、過去に既に施行された上で、今回の「Fit for 55」で改正されております。これらの改正内容をきちんと理解するためには、改正前の内容に関する前提知識が必要です。私は、「再生可能エネルギー指令(REDIII)」の理解をするために、1つ前の2018年の文書(REDII)を何度も見返しました。
■網羅的・俯瞰的に整理した資料の少なさ
インターネット上には個別の環境規制についての詳細解説は比較的よく見つかります。一方で、「ある○○のテーマ」に関係するEUの環境規制を把握するために、「このWebサイトさえ見ておけば抜け漏れがなく安心だ」、といったケースはあまりありません。
以上の自身の体験談をふまえ、これまでの連載で「Fit for 55」の環境規制15本に関しては、網羅的に紹介し、かつ一次情報である原文へのリンクも全て貼ったという意図があります。
また、網羅性を上げていくと自然と全体俯瞰もできる、つまりマクロな環境規制のトレンドも把握できます。どこにビジネスの機会がありそうかもイメージできるようになっていきます。
以下の図のようなイメージが、徐々に頭の中に出来上がってくるわけです。これは、水素に関するEUの環境規制に関して、私の頭の中を簡潔に表したイメージです。1つ1つの点が条文のイメージであり、白い楕円で囲んでいるものが水素にとって重要な規制コンセプトとなります。環境規制がお互いに補い合いながら、重要な水素の規制コンセプトを成立させていることがお分かりいただけると思います。
ちなみに、これらの環境規制の文書の条文を抽出して、テキストマイニングを施した上で可視化するツールを使うと、これと同じようなイメージ図が描けます。

図1
さて、網羅性と俯瞰について述べましたが、欧州グリーンディールの気候変動・エネルギー関係の環境規制を網羅するためには、「Fit for 55」以外の環境規制も知る必要があります。今回はそれらについて取り上げ、更に網羅性を上げていきます。では、順番に見ていきましょう。
前回紹介した「Fit for 55」の「乗用車等のCO₂排出規制(CAFE規則)」は、いわば温室効果ガス(GHG)に特化した規制でしたが、このEURO7はNOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)などの大気汚染物質の排出を対象とする規制です。
さらにEURO7では、タイヤやブレーキの摩耗によるマイクロプラスチックの排出や、電気自動車のバッテリー寿命の表示・保証といった新しい項目も盛り込まれています。
ただし、これらの具体的な数値基準や測定方法は、まだ詳細が定まっていない部分も多く、国連などの国際的な基準に倣いながら2020年代後半にかけて順次具体化されていく見通しです。
この環境規制は、大型商用車(HDV:Heavy-Duty Vehicles)のCO₂排出基準を強化するものです。現行の基準は2019年に採択されており、2025年以降にCO₂排出に関する拘束力のある目標が適用されます。
改正案では、2019年比でのCO₂排出削減目標が段階的に設定されており、
2030年:45%削減
2035年:65%削減
2040年:90%削減
とされています。
この環境規制は、「Fit for 55」の「乗用車等のCO₂排出規制(CAFE規則)」が2035年に100%削減を求めるのに対して、やや緩やかな段階措置を踏んでいます。
図2のように炭素除去が可能な手段というのは、いくつかパターンが存在します。図2の一番下に記載の、工場からのCO2排出を恒久的貯留(CCS)する場合の要件は既に2009年から「CCS指令」という環境規制がございます。
一方で、この「CRCF」においては、大気中のCO2を回収し貯留する炭素除去手段(カーボンファーミング、CCU、BECCS、DACCS)に関する品質要件を定義し認証を与える内容となっております。

図2
法的拘束力はありませんが、今後のEUの炭素除去技術に関する考え方などが示されています。様々な炭素除去技術(DACCS、BECCS、CCUなど)は、今後EUの法整備が進んでインセンティブや支援が受けられることが示唆されております。
ここで登場する、大気からのCO2直接回収技術であるDAC(Direct Air Capture)に関しては、「欧州は本気で進めているのか?」と聞かれることがありました。私の感触レベルで申し上げると、「今、まさに進もうとしている」という感じです。
2024年にスイスでDAC技術を有するスタートアップが開催したイベントに参加した際は、欧州全域や米国からも様々な事業分野の方が参加しておりましたし、2023年と比べて同イベントの参加者数が倍増した、と聞きました。また、日本企業の方々も日本からのご出張者や欧州駐在員など、5社程度が参加しておりました。
写真はスイスにあるDAC施設のパイロットプラントを見学した際のもので、大気を取り込むユニットが映っています。ここで取り込んだ空気は、CO2を効率的に吸収するユニットへ送られ、CO2が除去されるプロセスになっております。
アイスランドでは、これよりも更にスケールアップしたプラント2つが、豊富にある地熱発電をエネルギー源として稼働していると、イベント主催者側が言っておりました。

EUタクソノミは、グリーンな経済活動を定義するルールで、投資家がサステナブル投資を判断しやすくするために導入されました。気候変動対策、再エネ、サーキュラーエコノミーなど、幅広い活動が対象です。
議論を呼んだのが、天然ガスと原子力を「移行期の活動」としてEUタクソノミに含めたことです。これは、脱炭素社会への完全移行までの過渡的手段としての役割を認めたものです。これは、2022年に成立したEUタクソノミの「補完的委任法」という細則で正式導入されました。欧州グリーンディールに加えて、現実路線も考慮しての政治的なバランス判断が行われました。
「ネットゼロ産業法」通称:NZIA
2022年8月、アメリカでインフレ抑制法(IRA法)が成立し、再エネ・EV・水素などの脱炭素産業に対して巨額の補助金支援を打ち出しました。このIRA法に対抗するためのEUのグリーン産業の保護・促進に関するインセンティブ計画です。こちらについては、次回にも取り上げて説明します。
欧州委員会による再エネ由来の水素(グリーン水素)の普及のための新しい支援制度で、2023年から実施されております。選定された事業者には、最大10年間にわたりEUから補助金が支払われる仕組みです。

【図の出展】欧州委員会
前回と今回で、欧州グリーンディールの気候変動・エネルギーに関する環境規制はほぼ網羅的にカバーできております。法律家やコンサルタントなどの専門家でない限りは、知識としては充分すぎます。
ただし、ご自身の担当分野で、ある環境規制をより掘り下げる必要が出てきた際は、対象の環境規制にぶら下がっている細則も見ていかなければなりません。日本で言えば、政令や省令のようなものに相当し、EUでは実施法や委任法と呼ばれております。
これらの細則まで全て網羅しに行くと、「Fit for 55」に関連するものだけでもおそらく100本を超えます。今回の連載では取り上げておりませんが、中には重要な内容もありますのでご注意ください。例えば、グリーン水素の製造要件である追加性(Additionality)の内容は水素関係者からは非常に重要と言われており、「再生可能エネルギー指令(当時REDII)」の細則で決められております。
次回からは、欧州グリーンディールがこの5年間(2020年〜2024年)に直面してきた現実への対応と軌道修正について触れていきます。気候変動という長期目標に向けて進みつつも、エネルギー危機、経済停滞などの社会情勢の中で、EUはどのようにバランスを取り、欧州グリーンディールを調整してきたのか、について解説していきます。
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writer |
米久保 秀明

2005年に東京大学大学院修了。キヤノン株式会社入社後、レーザービームプリンタの製品開発に14年間従事。その後、旭化成株式会社で資源循環に関するプロジェクトに従事し後に、ドイツに駐在。4年弱の間、欧州におけるサステナビリティ全般の動向調査に携わる。うち2年間は、ブリュッセルのNPO法人であるJBCE(在欧日系ビジネス協議会)にて、気候変動ワーキンググループ担当の事務局員を兼務。2025年4月より、プラスチック資源循環を推進するスタートアップ、株式会社esaに参画。
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