
気候変動、資源循環、サステナブル製品、環境表示など広範囲に渡るEUの環境規制。ともすれば無機質で難解なものに捉えられてしまうことも。けれどもEUの環境規制が世界的に影響することは少なくありません。今のEUを知ることで日本企業の未来を予想する。この連載では、その手がかりとして2020年から2024年までの「欧州グリーンディール」を取り上げます。
「ブリュッセル効果」という言葉があります。ブリュッセルはEUの政治の中心地で、欧州委員会などの政府機関のほか、NGO、NPO、シンクタンク、コンサルなどが集中しているベルギーの都市です。第5回の冒頭でも、地図とともにブリュッセルについて紹介いたしました。
第5回の地図を見て頂くと、欧州委員会のベルレモンやJBCE(在欧日系ビジネス協議会)があると思います。これらの前を走る道路は、実際に「Rue de la loi(法律通り)」という名称がつけられております。因みに、この道は東から西への一方通行です。初めて車で通る際は気を付けてください。
この通りは所謂オフィス街の雰囲気ですので、写真1のように夜10時を過ぎると人や車が閑散としてきます。

写真1
さて、このブリュッセルの地から生まれたEUのルールが公式的、非公式的に他国にも波及し、EU以外の国もEUの規制に従わざるを得なくなる現象を「ブリュッセル効果」と呼びます。
私がドイツ駐在中にサステナビリティ動向調査の業務を行う中で、特に「これはブリュッセル効果が働いているのでは?」と感じた場面は3つあります。
1つ目は、日本企業の中でEU由来のキーワードが急速に広まり始めたとき
EU規制に由来する用語が、日本企業間の会話で急に登場するタイミングがありました。「CBAM(国境炭素調整措置)、「CSRD(企業サステナビリティ報告指令)」や、今回解説する「デジタル製品パスポート(DPP)」でそれを感じました。日本企業として、単なる関心の高まりだけでなく、実務レベルでの対応が求められていることを感じた瞬間でした。
※「CBAM」に関しては第3回で解説済。
2つ目は、デジタル関係が絡むとき
また、デジタル関係の規制は国境を超えやすいように思います。私が欧州駐在中の2022年4月には「EU一般データ保護規則(GDPR)」というEU規制の影響を受けて、Yahooの日本サイトが欧州からアクセスできなくなってしまいました。
その他、EUでは「AI規則」「デジタル市場法(DMA)」など厳しいデジタル関係の規制があり非常に波及力が高く、日本の報道でも高頻度で目にします。図1はこの「DMA」のブリュッセル効果を可視化したマップとなります。日本もしっかりと影響を受けていることがわかります。

図1 【図の出展】CEPAのデータベース(2025年3月19日のデータ)
3つ目は、実際にEUの環境規制が他国法にも波及し始めているとき
特に印象的だったのは、EUのグリーン水素の製造要件に関する「追加性(Additionality)」の要件が、アメリカの「インフラ抑制法(IRA法)」で扱う水素にも類似的に取り入れられたことです。再エネ電源の新設義務や時間的マッチング要件など、EUで定めた厳しい基準が米国の政策設計にも影響を与えているようです。
※グリーン水素や追加性に関しては第4回で解説済。
さて、今回は、欧州グリーンディールのサーキュラーエコノミーに関する内容で、最もブリュッセル効果を発揮するのではないかと思う「エコデザイン規則(ESPR)」を紹介します。
EUで2009年に「エコデザイン指令」という環境規制が施行されました。これは、冷蔵庫や洗濯機など白物家電を対象に、エネルギー性能の向上を求め、消費者へエネルギー効率の性能をラベルとして可視化する制度でした。
私がドイツに駐在時に電気ショップへ行った際も、写真2のように冷蔵庫に虹色のようなラベルが添付されているのをよく見かけました。このラベルを見ると、どのくらい省エネに配慮した製品なのかを、スコアで知ることができます。

写真2
欧州グリーンディールでこの環境規制の大幅な改正が行われ、2024年に新制度である「エコデザイン規則」は、そのスケールと深度が非常に強力なものとなりました。
今回はこの「エコデザイン規則」について整理します。この環境規制は、欧州グリーンディールの中でも日本企業に最も影響を与える環境規制の一つと思いますので、今回はいつもよりボリューム多めでお届けします。
まず大きな変化は、制度の位置づけが「指令(Directive)」から「規則(Regulation)」に格上げされたことです。これらには以下の違いがあります。
「指令(Directive)」: EU加盟国が国内法に書き換えて実施し、各国に裁量があり実施時期や内容にばらつきが出ることが一般的です。
「規則(Regulation)」: EU全域で直接的、一律に適用される法律で、EU加盟国の国内法化を待たずに統一された運用が可能です。
今回のエコデザイン制度は指令から規則に格上げされたため、EU全体に一律適用される拘束力あるルールとなり、EU各国での解釈や実施にばらつきが出にくくなります。
※これらのEU法の違いは前回でも登場しました。前回と同様に、EUの解説ページもご覧ください。
以下のように対象製品が拡大されます。
旧:白物家電など約30のエネルギー関連製品
新:全ての製品(部品や中間財も含む)が原則対象
※食品、医薬品、飼料など一部除外
ですが、全製品を規制対象にするということは大変なことです。製品によって何がサステナブルで何がサーキュラーか、のニュアンスは異なるので、一律で同じルールを適用するわけにはいきません。そこで、「エコデザイン規則」では徐々に対象製品を広げていく、というアプローチをとっております。
特に、議論の初期段階では以下のカテゴリが初期対象製品とする案がありました。
鉄鋼、アルミニウム
繊維製品(衣類)
繊維製品(履物)
家具
タイヤ
洗剤、潤滑油、塗料、プラスチック、化学製品
2024年11月から、欧州委員会が「エコデザインフォーラム」というチームを立ち上げ、そこで詳細な議論が行われているようでした。
私の所属する株式会社esaも、リサイクルプラスチックの会社であるため、「エコデザイン規則」におけるプラスチックや化学製品の扱いに注目しておりました。
結局、その後、2025年4月に欧州委員会から作業計画として発表され、鉄鋼、アルミニウム、繊維(衣料品に重点を置く)、家具、タイヤ、マットレスが初期対象となるようです。 まずは、プラスチックや化学製品の対象化は免れましたが、次回の計画では含まれてくるでしょうから、今のうちから準備しておきましょう。
「エコデザイン規則」では、製品ごとに今後設定される要件が大きく2種類に分かれています。
◾ 製品要件(製品そのものの構成に関するルール)
これは、製品の設計段階で「どう作るか」「どういう原料を使うか」という規制内容です。製品ライフサイクル全体に関わる要件が設定される予定です。
繊維製品を例にすると、欧州委員会の下部組織である「JRC(共同研究センター)」から、以下の製品要件が報告書で出されていました。この内容はまだ決定ではありません。具体的な規制内容は、今後、製品ごとに発表予定の「エコデザイン規則」の細則で規定されます。
製品の最低耐久年数(通常使用で◯年以上もつこと)
再生ポリエステルなどのリサイクル材の最低含有率
綿花生産時の水使用量の上限
洗濯や乾燥時のエネルギー消費の上限値
使用後の分解・リサイクルしやすい構造設計
マイクロプラスチック放出の抑制設計(素材や織り方が想定される)
これらは、企業の設計部門、品質保証部門、R&D部門などに関わる内容であり、素材選定や製造工程の見直しが必要になる可能性があります。
◾ 情報伝達要件(設計内容を伝える情報開示ルール)
こちらは、上記の製品要件を「どう記載し、どう表示するか」というルールです。
たとえば、JRCの報告書を参考に、繊維製品を例にとると以下のような情報となります。
製品の予想寿命(◯回洗濯OK)
洗濯方法や廃棄方法
製品1kgあたりのCO2排出量
使用されているリサイクル材の比率と種類
水使用量や化学物質使用量
こちらは、設計部門、調達部門、IT部門、広報部門など、企業でも多くの組織に関わる内容ではないでしょうか。
上記の情報伝達要件を具体的に運用するためのツールが、「デジタル製品パスポート(DPP)」です。ちなみに、第9回でご紹介した電池規則におけるバッテリーパスポートは、このDPPのバッテリー版のイメージとなります。
私の感触では、2022年頃から日本企業の間でもこのワードが急に頻繁に飛び交うようになった印象です。それだけ、DPPはいわゆる「ブリュッセル効果」が働いている環境規制内容かと思います。
DPPは、ざっくり言えば電子化された仕様書や取扱説明書をイメージすると良いでしょう。上記で記載した製品の設計要件や情報伝達要件に関する情報が電子化され、QRコードやNFCタグなどで確認できる仕組みです。かなり簡略化しておりますが、イメージを掴みやすいようにDPPの仕組みを図2のように絵で表してみました。

図2
EUがDPPで目指すのは、「持続可能な製品を可視化する」ことです。どの材料をどれだけ使い、どんな環境影響を与えるのかなどの情報が透明化されます。消費者だけではなく、企業間同士や監査当局にもアクセス権を管理しながら情報が開示されます。
次回は、リサイクルプラスチック材の利用義務化に関する環境規制を紹介いたします。
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writer |
米久保 秀明

2005年に東京大学大学院修了。キヤノン株式会社入社後、レーザービームプリンタの製品開発に14年間従事。その後、旭化成株式会社で資源循環に関するプロジェクトに従事し後に、ドイツに駐在。4年弱の間、欧州におけるサステナビリティ全般の動向調査に携わる。うち2年間は、ブリュッセルのNPO法人であるJBCE(在欧日系ビジネス協議会)にて、気候変動ワーキンググループ担当の事務局員を兼務。2025年4月より、プラスチック資源循環を推進するスタートアップ、株式会社esaに参画。
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